「それじゃ、オレは行くよ」
そういうとシャルルは立ち上がり、見慣れない鍵とメモをあたしの前に差し出した。
「残念ながらアパートの強制退去は止められなかった。どちらにしてもあそこは奴らに知られているから戻らない方がいい。代わりに駅の近くにアパートを用意した」
そういうとシャルルはドアに向かって歩き出した。渡されたメモには住所と簡単な地図が書かれていた。
「待って」
するとシャルルは足を止めて振り返った。
「どうした?」
思わず呼び止めてしまったけどどうしよう。ただ、このまま別れるのは忍びなかった。
「どうしてここまでしてくれるの?」
「君は大切な友人だからだ」
その言葉にあたしはひどく傷ついた。
自分で選んだ道なのはわかっている。
でもシャルルは結婚をして子供まで……。
本当はあたし、片想いでいいなんて思っていなかったんだ。シャルルと再会してそれを思い知らされた。
こんなことなら会わなければよかった。
シャルルが結婚したなんて知りたくなかった。
だけど時を戻すことなんてできやしない。
だったらあたしはシャルルにちゃんとお祝いの言葉を友人として言うべきなのかもしれない。
「ありがとう、シャルル。元気でね」
でも……あたしにはどうしても言えなかった。
シャルルが出て行った後、しばらくしてあたしも重い足取りでホテルの部屋を出た。
ぽっかりと空いた心の隙間に一月の冷たい風が通り抜けていく。
電車を乗り継いでたどり着いた見慣れたアパートには大きめのトラックが止まっていた。荷物がどうなったのかが気になって来てみたけど、運び出されているのは部屋にあった家具だと知ってあたしは駆け寄った。
「あの!それあたしの荷物なんですけど」
声を掛けると運搬していた男の人が手にしていた机を一旦地面に置いた。
「これ?たしか駅向こうにある新築マンションに運ぶように言われてるんだけど、アルディさんって人の依頼で」
そっか。
シャルルは引越しの手配までしてくれてたんだ。
「その荷物と一緒にあたしも乗せて行ってもらえませんか?」
アパートから20分ほど走ったところでトラックが止まった。
「お姉さん、着いたよ」
「ありがとうございます」
「それにしてもお姉さん、凄いマンションに引っ越すんだね」
見上げたマンションは10階はありそうな立派な物だった。
待って!引越しまで手配してくれたのはいいんだけど家賃とかこれからどうすんのよ?!
「どっかで時間でも潰しててくれれば荷物もそんなに多くないし、30分ぐらいで搬入作業は終わるよ」
タバコを吹かしながら男の人が声をかけてきた。
「でも鍵ってどうすれば?」
「管理人が開けてくれてるはずだから大丈夫。俺たちがスペアキーを預かるとかってないから安心しな」
「それじゃ、お願いします」
つづく