家に帰ったあたしは改めて佟弥にお礼を言った。そして赤いリボンを付けたプレゼントをバックから出した。
「はい、これ」
佟弥は驚いた顔した。
「いいのか?」
あたしは頷くと佟弥の手を取ってそれを乗せた。
「今日みたいに寒い中、待たせるのも悪いし」
「けど鍵なんて簡単に他人に渡していいもんじゃないだろ?」
「でも滞納してた家賃まで払ってもらったし、あんたなら信用してもいいかなって思ったの。それに今日ね、マンガを編集部に持ち込みしたら次回の増刊号に載せてくれるって言われたんだ。これから家を空けることも多くなると思うし」
「そりゃ良かったな!そっか。なら遠慮なく貰っておくよ」
そう言って佟弥は赤いリボンの付いた鍵をポケットにねじ込んだ。
この時のあたしは新しい家族を迎えた、そんな気にさえなっていた。
それからしばらくして念願のあたしのマンガが連載された増刊号が発売された。
ほんの数ページの読み切り作品だったけど驚いたことにアンケート結果はなんと一位。
読者の心に刺さったのは圧倒的にキャラの力だったらしく二人のその後が見たいとの声が多くシリーズ化して欲しいと佐藤さんから連絡が来た。
「いやぁ、池田ちゃん最高だったよ。こっちの才能があったなんて、もっと早く引き抜けば良かったって編集長も言ってたよ。今月号から隔週で連載してくから続編、頼むね。特にあの天才外国人のシャールの人気が凄くてさ。次回作には軽く濡れ場も入れちゃおうよ」
ぬ、濡れ場?!
軽くって?!
「待ってください。それはちょっと……。あたしそういうの描いたことなくて」
受話器を落としそうになりながら必死に拒んでみたものの、電話の向こうで佐藤さんがにったりと笑った気配がした。
「そういうと思って池田ちゃんの家にBLマンガいっぱい送っといたから参考にしてみて。じゃあ、締め切りは来週水曜ね!」
「ちょっ……」
プツンと切れた電話をあたしはうなだれながらそっと置いた。
ど、どうすんのよ、これ。
てっきり読み切りだと思ってたから、二人が恋に落ちるまでを描いたんだけど、まさか続編を描けなんて言われると思ってないからノープランよ?
それに濡れ場って何?!
描き方とか全然わかんないよ?
「どうした?例のアンケート結果ダメだったのか?」
コタツでみかんを食べていた佟弥が心配そうに声をかけてきた。
「ううん。一位だったって」
「すごいじゃん!」
佟弥はパッと目を輝かせて言った。
「それはいいんだけど、続編を描けって」
あたしもコタツに入って、みかんを一つ手に取った。意味もなくあたしはみかんを持ち替えてみたり、クルクル回したりしていた。
「仕事の話が来たならそんな顔することないじゃん」
「そうなんだけど、困るのよ。続編ってことは長く引っぱるはずよ。それで、もし人気が出てきたらコミックの発売とか……はぁ……」
ため息しか出ない。
そんなことにでもなれば佟弥にだって最初に言われたけど、いろんな人の目に触れる機会が増えることになる。
もう一人の天才シャールの方は問題ないにしても佟弥は困るんじゃないかしら。日本で暮らしている以上、どこかで読者の方に見られる可能性だってある。
しかも濡れ場……って。
「すごいじゃん。コミックとか出たらマリナも人気マンガ家の仲間入りだな」
「あいつに見られないならいいって前に言ってたじゃん。佟弥の大事な人なんでしょ?」
すると佟弥はあたしの浮かない表情が腑に落ちたらしく、
「そのことか。なら大丈夫。あいつマンガとか読まないから見られることないと思う。それに所詮はフィクションだしな」
少しホッとしたものの、まだ問題はあるのよ。大きな問題が。
「だとしてもそういうシーンを描かれたら佟弥は嫌じゃない?」
あたしはオブラートに包んだようにやんわりと言ってみた。
きっと抱き合うとかキスするとか、そういうのって抵抗あるわよね。
「そういうって?セックスしてるとこってこと?」
セッ……!
どストレートに打ち返えされてあたしは思わず頭をぶんぶんと横に振った。
いや、むしろ行きすぎ、通り過ぎてったわよ!
「ち、違うわよ!キスとか、抱き合うとか……よ」
佟弥の前であたしは何言ってんだろう。
耳が急にカーっと熱くなってきた。
「マリナはそういう経験とかないの?」
佟弥があたしの方にぐっと体を寄せてきた。
「そういうって何がよ?」
あたしは妙な空気に佟弥から離れるように後ろに体を反らせた。
「キスとか、抱き合うとか……」
言いながら佟弥はどんどんあたしに近づいてくる。あたしは慌ててコタツから出ようとして手を滑らせ、後ろにドーンと倒れ込みそうになった。
焦った佟弥がとっさに手を伸ばしてあたしの後頭部をキャッチしてくれたから、どこもぶつけたりはしなかったけど、あたし達は折り重なるように倒れ込んでしまった。
あたしに覆いかぶさる形で佟弥が目の前にいて、あたしは焦った。
間近で見る佟弥の目は色素が薄い茶色で思わず吸い込まれてしまいそうになる。
一瞬、気まずい空気が二人の間に流れ、佟弥はさっと体を起こした。
「いきなり倒れるなよ。焦るだろ」
そういうと佟弥はキッチンへ向かい、コップに水を入れると一気にそれを喉に流し込んだ。
「マリナの好きな奴ってあの美形なの?」
つづく