きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

夢の果てに 1


出版社の正面玄関を出ると、どんよりとした雲が空を覆い尽くすように広がっていた。
振り返って見上げたビルはあたしを拒絶するかのように冷たくそびえ立っていた。
先日、読み切り掲載枠の仕事を何とか取りつけたものの人気投票の結果はダントツの最下位。


「今度からあんたの担当は一つ下のフロアになったから、お元気で」


担当の松井さんは清々したと言わんばかりの顔で右手をひらひらさせた。
一つ下のフロアって、まさか!


「ちょっと待って。あたしは少女漫画が専門なんですけど」


パソコンを打つ手を休めることもなく松井さんは冷たく言った。


「嫌なら仕事がなくなるだけだよ。こっちとしては情けで言ってやってるだけだから」


「でもあたしそういうジャンルは描いたことがなくて」


あたしの返答に松井さんはピタリと手を止めるとニヤッと笑いながらあたしを見た。


「あっそ。じゃあ断るんでいいんだね?編集長には俺から伝えとくよ。そうだよ、漫画家だけが仕事じゃないし、探せば他にもいくらだって仕事はあるんだからさ」


これってあたしをここから追い払うための口実にすぎないんだ。
今ここで引き下がってまた他の出版社に漫画を持ち込んでゼロから仕事をもらうなんて無理よ。ここでだってこんな扱いされてるんだもの、みそっかすにされるのがオチだわ。


「やっぱりやります!前からちょっと興味があってやってみたかったんです!ぜひ、やらせて下さい」


すると松井さんは残念そうに眉を下げた。


「そういうことにあんた縁なさそうだけどできんの?いいんだよ、断ってくれて」


恨めしそうに上目遣いで見てくる松井さんにあたしはとびきりの笑顔で答えた。


「想像力だけはあるんで、頑張ります!」


「あっそ。じゃ、描けたら下のフロアに持ち込みして。担当は佐藤だから」


「わかりました」


そうは言ったものの……。
足取りも重いままあたしは家に帰った。
外はちらほらと雨が降り出してきていて、気温はぐんぐんと下がっていた。こんな日はこたつにすっぽりと入るのが一番だわ。
それでこれから先のことをゆっくりと考えることにしよう。そう思ってあたしはアパートの階段を急ぎ足で上った。
するとちょうどあたしの部屋の前で人が倒れているのが見えた。
え、何?
でもこのままじゃ部屋に入れない。
恐る恐る近づいて顔を覗き込んでみたけど、知らない男の人だった。
この階の住人ではなさそうだわ。
まさか死んでるわけじゃないわよね?
その時、ひゅーっと北風が吹いてあたしは身震いした。
すると男の人はわずかに体を動かして身を縮めるように丸くなった。
よし、生きてるみたい。
遺体じゃないなら怖くないわ。
あたしは少しホッとして声をかけた。


「あの、大丈夫ですか?」


すると男の人はわずかにうごめき、掠れた声で答えた。


「だ、め……みたいだ」


え、だめってそれはすごくまずいわ。
遺体になられたら怖いのよ。
人の家の前で死ぬとかお願いだからやめてほしい。


「す、すぐに救急車を呼ぶから待ってて」


「いや、呼ばなく……」


慌ててあたしは部屋に入り、キッチンの横にある電話に駆け寄った。
たしか119だったわよね。
突然の出来事にダイヤルを回す手が震える。


「火事ですか?救急ですか?」


「救急車をお願いします。人が倒れてい……」


そこまで言いかけたところですっと横から手が伸びてきて突然通話が切れた。


「ちょっと何するんですか」


「すいません、つい。救急車は呼ばないで大丈夫だったので」


見ればさっきの男の人が部屋に入って来ていた。
ひぇーっ!!
あたしが大悲鳴をあげようとした直後、男の人はあたしに駆け寄り、あたしの口を手で塞いだ。
いやっ、やめて!
あたしはジタバタと暴れるものの力では敵うはずもなかった。


「静かにするって約束してくれる?」

 

 


つづく