きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の中へ 16


「……田さん?池田さん?あの、フランスにお知り合いの方はいらっしゃいませんか?」

ぼんやりと思考の中を彷徨っていたら事務員の女性が心配そうな顔であたしを見ていた。

「あ、はい。いません」

「池田さんは金銭の盗難にも遭われたんでしたね。パスポートの再発行には手数料が必要となります。また発行までの数日間はどこかのホテルに宿泊された方がいいと思います。パリに限った話ではありませんが犯罪に巻き込まれる外国人は少なくありませんから」

そういうと事務員の女性はカウンターの上に並べられている書類から何枚か選んでくれた。

「ですのでまずは現金の準備が必要となります。ほとんどの方が知人や友人に連絡をとって経済的支援を頼まれるか、ご自身の日本の銀行口座から送金するかのどちらかを選ばれています」

「あの、お金を貸してもらえるような友人や知人はいないんですけど」

これは決してあたしが友達が一人もいないってことではなくて、お金を貸してくれそうな人間かつ、あたしが連絡先を携帯に登録してる人がいないってこと。
交友関係者、三四五六人の全住所録が載った黒バインダーはさすがにパリには持ってきていない。
あれを見ればもしかしたら中には送金してくれる人がいるかもしれない。
でも今携帯に連絡先が入っているのはほんの数人だけ。何年も連絡もとってない実家の家族とこれまた別れてからほとんど連絡をとってない和矢。あの日のまま今もシャルルの家で眠っているはずの薫、あとは担当の松井さんと出版社ぐらいなものだわ。
こんなことなら黒バインダーを持ってくるべきだったわ。
あっ!でも持ってきたとしてもどうせバックに入れてただろうし、どっちにしても盗まれて手元にないのは今と同じってことか。むしろ持って来なくて正解だったかもね。

「それでしたらご自身の銀行口座からの引き出しが良いかと思います。こちらの赤い用紙が全銀行共通の出金依頼書です」

うぅっ……。それも困ったわ。
なんせ預金はパリに来る時に全部下ろして来たから口座に残ってたとしても数百円単位しかないはず。
そんなんじゃ何もできないわ。

「それからこちらの青い用紙は被害者作成依頼書記入用紙です。これはパスポート再発行に必要な書類の一つで警察署へ提出する書類です。あちらに記入カウンターがありますのでご利用ください」

見れば建物を支えている美しい飾り柱をぐるりと囲むようにして丸テーブルが一体となっている。記入カウンターに使うには勿体ないほどだわ。
あれだけで一体いくらするのかしら?それによくよく見ればあちこちに絵画や装飾品も飾られている。
こんなに立派な建物が建てられるぐらいなんだから大使館もちょっとぐらいあたしに融資してくれないかしら?
もともとは税金なんだろうし、あたしだって一応払ってるんだからね!
そうよ。どうにもならなくて困っている日本人を助けるのが仕事なんでしょ?

「今は銀行にもお金がなくて。できれば融資をお願いしたいんですが。いえ、むしろ貸して下さい。だって今日でここ閉まっちゃうんですよね?!本当に困っているんですっ!」

「申し訳ないのですが、大使館ではどなたに対しても融資は行っていないんです」

「じゃあどうしろっていうの?!ねぇ、お願い!日本に帰ればすぐに返すから。あてはあるのよ!あのバインダーさえあればきっと貸してくれるっていう人の一人や二人は見つかるはずだもん!」

「ですから融資はしていないんです。金銭についてはご自身で解決していただいております」

「わかったわ。じゃお金はいいからしばらくここに泊まらせてもらえないかしら?あちこち触ったりしないから安心して。前にルーブルに泊まったこともあるから素泊まりは慣れっこよ。それぐらい融通きかせてくれてもバチは当たらないわよ。いくら丈夫なあたしでも真冬のパリで野宿は無理よ!雪山じゃなくても寝たら確実におしまいよね、そうでしょ?!」

「池田さん?!どうか落ち着いて下さい!」

「あたしは落ち着いてるわよっ!」

その瞬間、背後から両腕と肩を掴まれた。

「お静かに願います」
「騒ぐな」

二人の男に拘束され、抗うことのできない強い力に振り返ることさえできない。
あたしを押さえてる右側の男は丁寧な口調で力もそれほど入れてないのかそこまで痛くはなかった。だけど左側の男は乱暴な言い方だし、腕が折れそうなほどの力だった。

「ちょっと痛いっ!離してよ」

「これ以上抵抗される場合は逮捕します」
「いいから大人しくしろ」

逮捕っ!?
何この人たち警察官?!

「あたしは何もしてないわよ?!うぎゃっっ!!」

その途端、左肩を捻じ上げられ、あまりの痛みにあたしは悲鳴をあげた。

「マリナっっ?!おい、お前たち何してるんだ?!」

 

 

つづく