手を引かれ、連れて来られたのはシャルルの執務室だった。
部屋に入るとシャルルは普段自分が座っている本革のプレジデントチェアに座るように促した。あたしが言われるがままにそこへ座ると自分の方へとくるりと回し、肘掛けに両手を乗せて少し屈むとあたしの視線を捉えた。
「さて、トイレに行くと偽ってまでミシェルの部屋に行った理由を聞かせてもらおうか?」
真っ直ぐに見つめられ、あたしはおずおずとイルカ大作戦の全容を打ち明けた。
「それでミシェルの部屋に行こうとしてたのか?」
シャルルは呆れた顔をする。
「それなら追いかけてまでミシェルを引き留めるより、アネットとの約束の時間を早めれば良かったんじゃないのか?」
あぁ、たしかに。
アネットのためにミシェルと二人になれる時間を作らなきゃって、そっちばかりに気をとられてたわ。
「勉強の時間以外、ミシェルには近づくなと最初に言ったはずだよ。忘れたのかい?」
それはあたしがアルディ家に来てすぐに言われたことだった。
「でもアネットが……」
「例外は認めないと言っただろう」
あたしの言葉を打ち消すようにシャルルはあたしの頬に手をあてた。
「君がオレ以外の男と楽しく過ごしているのは嫌なんだ」
「楽しくなんてないわよ。そんなこと思ったこともないし」
「だとしてもだ。いいかい?今度また今日みたいなことがあったらその時は……」
シャルルはそこで一旦言葉を切った。
「その時は……?」
あたしは息を呑んだ。
まるで判決を言い渡される前の被告人の気分のようだ。
「ミシェルを……」
その時入室の許可を求めるノック音がした。
「マリナ、少し待ってて」
そう言うとシャルルは扉に向かって声を掛けた。
「入れ」
すると一人の男の人が慌てた様子で入ってきた。
「失礼致します。シャルル様、緊急事態です」
「ダニエルか、何が起きた?」
ダニエルと呼ばれた男の人は冷静になろうと一度深く息を吸い込んでから答えた。
「ミシェル様が拐われました」
シャルルの表情が厳しくなる。
「詳しく説明しろ」
「四人組の男が本邸内に侵入、ミシェル様とそれから若い女性を連れ出したとの連絡がありました」
「警備は何をしていたんだ?」
「それが交代の時間で手薄になっておりました」
「すぐに捜索しろ。犯人からの要求は?!」
「いえ、まだ何もありません」
「まさか……。一緒に連れて行かれた女の身元は!?」
「今、調べていますがおそらく当家の訪問客の一人かと」
「シャルル、それってもしかして?!」
つづく