きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の彼方へ 6

辺りを気にしながら中庭に沿ってぐるりと廊下を歩いて行くとスーツ姿の男の人が二人、ある部屋の前に立っていた。耳にイヤホンを入れている感じからして警備員なのかもしれない。
 
その部屋は重厚な扉で他の部屋とは少し雰囲気が違っていた。
特別な部屋のようだわ。


「直接話してみるか」


独り言のように彼は呟くとその人達に近づき、何やら話し始めた。
フランス語のやりとりで内容はあたしには全くわからない。
だけど警備の人達は口々に「ノン」と言って首を横に振っている。
ノンってNOってことよね?
彼は何を話しているんだろう。
すると突然、彼は二人の警備員を押し退けてドアノブに手をかけた。
えっ?
押し入るつもり?!
だけど相手は二人。彼はすぐに取り押さえられ、あっという間に床にねじ伏せられてしまった。


「シャル……うぐっ」


叫ぼうとする彼の口を男が乱暴に塞ぎ、彼の脇腹に拳をねじ込んだ。
騒ぎを聞きつけたのか数人の男が廊下の向こうからこっちに向かって走ってくるのが見えた。
やだ、どうしよう。
なおも抵抗する彼の背に男が大きく振りかぶった足を振り下ろした。


「ゔっ……!」


うめき声と同時に彼は唇の端から血を流して、動かなくなった。


「もう、やめてっ!」


そう叫んだ瞬間、あたしは頭の奥にズキンと痛みが走って、その場で頭を押さえてうずくまった。
すると次の瞬間、重厚な扉が勢いよく開け放たれた。


「マリナかっ?!」


突然、見事なプラチナブランドの髪の外国人が現れてあたしの名前を呼んだ。
そしてあたしを見るなり片膝をつき、あたしの頬を両手で包み込んだ。


「何があった?大丈夫かっ?!」


吸い込まれそうな青に近い灰色の瞳が、すがるようにあたしを真っ直ぐ見つめている。
直後、男達を激しく睨んで吐き捨てるように言った。


「きさま、彼女に何をしたっ?!」


「いえ……シャルル様、そちらの女性には何もしておりません」


恐れ慄くように男の一人が顔を硬らせながら答えた。


「下がれ」


その一言で男達は全員、その場から離れていった。その人は倒れた彼のそばに行くとしゃがみ込み、首の辺りに触れて様子を見ているようだった。
まるでお医者さんのようだわ。


「大丈夫。気を失ってるだけみたいだ」


振り返ってそういうと、またあたしの方に来て片膝をついた。


「見せて?」


男の人はそういうと頭を押さえていたあたしの手をそっと掻き分けるようにあたしの頭を見始めた。


「痛いのか?外傷はなさそうだな。乱暴なことはされてない?」


あたしは黙ってコクリと頷いた。


「和矢がこんな無茶までしてここに来るなんて、一体何があったんだ?」


彼のことを和矢って呼ぶってことは、この人は彼の知り合いなんだ。そしてあたしのことも知っているんだ。
だけど、今のあたしにはこの人が誰なのか思い出せない。
あたしが黙ったままでいると、男の人は不審に思ったんだろう。


「マリナ、どうした?」


あたしは何か言わなきゃと思って、でも何を話せばいいのかわからなくて、何も言えずにいた。
ただ胸が苦しくて、わけもなく込み上げてくる切なさや、悲しみがあたしの心を激しく乱した。
あたし、何か大事なことを忘れてる?
激しい不安があたしを飲み込んで行く。
たまらずに溢れ出た涙に自分でも驚きながら激しい息苦しさを覚えた。
ハァハァと呼吸は乱れ、目の前がチカチカとし始めてきた。
そう思った次の瞬間、男の人があたしの体を強く引き寄せ、その大きな胸の中に抱き寄せた。
あたしは息苦しさと驚きで目を見開いた。


「落ち着いて、ゆっくり息を吐くんだ」


でも、息ができない。
怖くてどうしていいか、わからない。
完全にパニックになったあたしは息の吐き方も忘れてしまったかのように、ただ酸素を求めて吸い続ける。
でも一向に息は吸えない。
苦しい……誰か……!
なおも息を吸おうとし続けるあたしの口を男の人がその手で塞いだ。
もがくあたしを強い力で抱きしめたまま、男の人はあたしを離さない。
あたしは力任せに逃げようと大きく息を吐き出した。
すると息が吸えるようになって徐々に息苦しさから解放されていった。


「そう、ゆっくりと息をして落ち着くんだ。もう大丈夫だ。オレがついている。何があったんだ?」


その人は包み込むようにあたしを見つめた。だけど悲しげに瞳がゆらめいている。あたし、この瞳、見たことがある。
でも今はこの人が誰なのかはわからない。


「あたし、自分が誰なのかわからない」

 

 

 


つづく