部屋の奥に目をやるとレンが心配そうにこちらを見ていた。オレと目が合った瞬間、レンは目を逸らして俯いた。
そういうことか。
「オレがアルディ家へ連れて来られたのはシャルル、君の手術をするためでもあったがおそらくそれだけじゃない。万が一の事を考え、同じ遺伝子を持つオレを確保しておきたかったんだろう」
目が覚めてミシェルが執刀したと聞いた時、オレも同じことを考えた。
「彼らにしてみればどちらでもいいということだろう」
「結局、手術は成功した。オレが執刀したのだから当然だが、問題はまだ残っていた。結婚をしたところで君が子を成すかどうか、だ。その時のスペアとして彼らはオレをアルディへ置き続けたんだろう。だが、その心配ももうなさそうだしな。和矢からの手紙を見つけた時、胸が震えたよ。これでやっと自由になれるってな」
オレは手にしていたタブレットでレンの雇用を解除し、ミシェルにその画面を向けた。ミシェルは画面を一読するとPCに向かった。
「ロードバランサの設置とサーバーの拡張を実行をした。目標額への到達もすぐだろう。オレからの祝いはどうだった?」
ミシェルは満足げな笑みを浮かべた。
「全て読んでいたのか?」
「マリナと会わせさえすれば君が大統領選への出馬を武器に親族会議を開くとは思っていたからね。モザンビーク基金を設立したのを知ってそれも利用しようと計画した。しかもマリナはアルディの資産の大半が基金へ流れてしまうことを自らの行動で防いだ英雄だ。頭の固い親族達も受け入れざるを得ないだろう。ここまでお膳立てすれば君はオレの条件をすべて飲むだろう?」
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「あの親娘もミシェルが用意したってこと?」
オレは部屋に戻り、マリナにこれまでのことを話した。
「そう、しかも親娘だけじゃない。犯人役の男と撮影者、それから見張り係も含めた5人がミシェルの計画通りに事件をでっち上げたってわけ」
隣に座るマリナの左手にそっと触れた。
「まだ痛む?」
「ううん、もう痛くないわ」
空港でマリナを見つけた時、オレはてっきりマリナが何者かに刃物で切りつけられたとばかり思った。だが傷口はどこにもなく少女を守ろうと倒れた時に負ったであろう打撲痕を見ておかしいと思った。それもそのはずだ。衣服にべっとりと付いていたのは血のりだったんだからな。
その場で確かめていればすぐにわかったことだが、さすがにあの時はそんな余裕はなかった。
『マリナには怪我をさせるなと言っておいたんだが、まさか奴らもマリナが転ぶとは思わなかったんだろう。まったく鈍臭いやつだ』
ミシェルはそう言うと両手を広げ、手のひらを上に向けて首をすくめた。
「今回はすっかりミシェルの手の上で踊らされていたってわけだ。ロワールへ移住させた後もやはり監視は続けるべきかな」
「ロワールって、あの?」
「そう。ミシェルが母と暮らしていた館だ。あそこで恋人と一緒に暮らしたいらしい」
「あのミシェルに恋人?」
当主争いをしていた頃のミシェルしか知らないマリナは驚いた顔を見せた。
無理もない。たしかにここへ連れてきたばかりの頃とも今のミシェルはどこか雰囲気が違う。レンの存在がミシェルを変えたのかもしれないな。
「でもここでシャルルと一緒にいるより、その方がいいかも」
マリナがぎゅっと眉をひそめて言った。
「なぜそう思うんだい?」
「もしミシェルの恋人が二人を間違えたりしたらいやだし。それにその彼女とミシェルが仲良くしてるところもあまり見たくないような……」
まさか?
ずっと疑問に思っていたことがあった。それはなぜウォンヌ家が突然、婚約を解消してきたのかだ。
「ちょっと失礼」
その場でオレはミシェルに電話をした。
するとミシェルは、
「あぁ。彼女には中庭でレンとの濃厚なキスシーンを見せつけておいたぜ。思った通り、すぐに婚約解消を言ってきたな」
「そういうことか」
「早くオレの存在を世間に公表しないウォンヌ家からとシャルル・アルディは男色だって噂が立つぜ?」
「さすがは完璧な計画だな」
fin
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みなさん、こんにちは!
最後までシャルルBDにお付き合い下さりありがとうございました😊
今回のお話はシャルルとマリナちゃんが結ばれるのはもちろん決めていましたが、どんな流れにしようかと考えていた時にミシェルにも幸せになってもらおうかと思いついてこんな形になりました。
当初考えていたよりもどんどんミシェル主体になってしまいましたが、シャルルが積極的に仕掛けて行くいつもの流れとは少し違う趣向もいいかなと途中から思いながら書いていました。
みなさんはいかがでしたか?
今回のタイトル【時を越える夢】は二人の幸せを願っていたであろうママンの夢をテーマにしました🥰
次回からは【パッサカリア】の続きにもどっていきますが、脳内整理の時間を下さい。まだ私の頭が【時を越える夢】の世界観にいるので抜けるまでしばしお待ちください。