ルパートが別邸に帰宅したのはそれから間もなくのことだった。やはり家を空けていたのはオレを意識してのことだったのは明白だ。
「マルセルも任を解かれて明日、日本へ帰るそうだよ」
「もうスーパーの警備の仕事じゃなくてSUPの仕事に復帰するのよね。梶さんにもう会えなくなるのね」
寂しげな顔をするマリナを前に小さな嫉妬心が生まれた。まるで10代の頃の自分に戻ったような気分だ。
マリナにはこのままパリにいてもらう。もちろんパン屋のバイトも辞めてもらうことになる。だからどちらにせよ職場で知り合ったマルセルとは二度と会うことはないのが当たり前なのだが。
「マルセルにはたまに顔を出すように言っておいた。その時に会えばいいだろう。ただし、必ずオレが一緒の時だけだぞ」
オレの言葉にマリナの表情がパッと明るくなった。マリナが人懐こいのは知っているが、やはり胸がざわりとする。
家柄の合う女性と結婚する話まで上がっていたオレにとっては二度と縁のない感情だと思っていた。
「たしかにそれならサーラさんも喜ぶわね。だいぶ会っていなかったみたいだもの」
「それに君も一度、日本に帰国しないとだな。ビザの取得はしてないはずだから90日以下の滞在しかできない。とりあえずビジタービザに切り換えよう。それで一年は滞在できる」
「アパートとかバイトとかもちゃんとしなきゃいけないものね。だけど、あんたの婚約って……その、本当にやめられるの?」
マリナが心配そうな顔でオレを見上げた。
「君との結婚が叶わないのなら誰が相手でもいいと思っていた。だけど今はオレの隣には君がいる。だったら婚約は解消する。それにその相手の女性というのはおそらくーー」
オレの話にマリナは思った以上に驚いている様子だった。
なにせ、あのルパートが恋をしている可能性があるのだから無理もない。
「だったら、そのジュリアさんと大佐が一緒になれるようにしてあげようよ」
「君も簡単に言うね」
良く晴れた夏の空を思わせるマリナの笑顔を前にオレは今日、明日のスケジュールを頭の中で組み直した。
「わかった、君がそれを望むならやらないわけにはいかないか。ルパートもそこまで読んでいたのかもしれないな。オレはちょっと出かけてくる。悪いがディナーは一人で済ませててくれ」
「え、今から出かけるの?」
マリナは窓の外に目をやった。たしかに太陽はだいぶ傾いている。
「こういうことは早い方がいいだろう」
「昔もそうやって何か気になると夢中になってご飯も食べなかったりしてたわよね?もしかしてあんたの分のディナーも食べちゃっていいの?」
マリナのこういうところはブレないな。
思わず抱き寄せて耳元に唇を寄せた。
「食べててもいいよ。その代わり、今夜は余計に摂取したカロリー分、オレと一緒に消費するんだよ」
「やだ、シャルル!な、何を……」
こうして恥じらうマリナが愛おしい。
「オレが日課にしているトレーニングを一緒にしようと誘ったんだが、君は何か別のものを想像したのかい?」
「もう、シャルルのばかーー!」
つづく