きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の中へ 26

18時55分。
普段から時間通りにここへ来ることはあまりない。むしろ仕事で遅くなることの方が多いくらいだ。
そんなオレが今日は5分前に食堂へ来た。
理由は一つ。
だが、まだ来ていないようだ。
美沙の姿しかない。
オレは無意識に小さく息を吐いていた。
誰よりも先に来て食事の時間まで待ちきれず、何か用意してほしいなどと言ってシェフを困らせているのではとも思ったのだが、記憶の中の彼女と現実には差異があったようだ。

オレはまっすぐ当主の席へと向かった。
美沙の近くに控えていたメイドがオレの入室に反応し、彼女に耳打ちをした。
すると彼女は渋々と立ち上がる素振りを見せた。

「そのままで構わない」

アルディ家では食事の際、当主より先に着席することは許されない。
そのためメイドは美沙に起立するようにとでも言ったのだろう。

「ほら、みなさい。シャルルさんがいいって」

自分は特別なのだと言わんばかりに勝ち誇った顔でメイドをひと睨みすると彼女はそのまま腰を下ろした。
そんな彼女の態度にもメイドは静かに頭を下げ、持ち場へ戻っていった。
そうではない。
単にアルディの伝統を彼女に強制するつもりがないだけだ。
彼女は年が明けたら日本へ帰らせる。そうなれば二度と会うこともない。
そもそもこの家のルールを教える必要がないというだけのことだ。
もとより彼女に特別な感情はない。
マリナの面影を重ねたことがないわけではないが、それも彼女を通してマリナと過ごした日々を懐かしんでいただけだ。

ボーン。
時計が19時ちょうどを知らせる。
まだマリナの姿はない。
眠り込んでいるのか?
食事の時間にマリナが遅れてくるとは考えにくい。
何かあったのか?
しかし屋敷の中でいったい何があるというんだ。

「マリナさん来ないみたいだけど、疲れて寝ているのかもしれないわね。私もここへ来た日はそうだったから。下手に起こすのも可哀そうよ。このまま寝かせてあげた方がいいと思うわ」

可哀そうだと口では言ってはいるがそうでもなさそうだな。
美沙には少し待つという選択肢はないようだ。マリナにとっては寝ている間に夕食が終わってしまうことの方がよっぽど可哀そうなのだがな。
それにしても美沙はオレに対しても気後れすることなく、はっきりと意見を言うようになったな。
当初の遠慮がちな姿は見る影もない。好きにさせ過ぎたのか。いや、今夜はそれぐらいの方が都合がいい。ただ肝心なマリナが一緒でなければ意味がない。

「あの……待ってください」

声のする方にチラッと視線を向けた。
見れば先ほどの御用聞きのメイドだった。

「セシル、控えなさい」

「すいません。でも……私、」

あきらかに彼女の様子はおかしい。フレデリックが慌てて止めに入る。こういったメイドの問題行動にも彼がすべて取り仕切っている。
今回のようにメイドが当主たちの会話に立ち入ることは決して許されない。
一瞬にして彼女は全員の注目の的となった。そして誰もが思ったはずだ。
「次の席替えで彼女の席はなくなるのだろうと」
ただ気になることがある。
彼女はたしかこの屋敷に来てから5年は経っているはずだ。それに一般のメイドから御用聞きにまで上ってきたほどだ。そんな彼女がアルディ家のルールを知らないはずはない。
それでも今、話しておかなければならない何か理由でもあるのか?

「構わない。セシル、何だ?」

 

 

 

つづく