きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の中へ 5

ミサに参加したのは初めてだったようで、帰りの車の中で彼女はしきりに教会での話をした。

「特に信者とかじゃなかったんだけど、さすがに敬虔な気持ちになるわね。キャンドルサービスって言うの?あんなにたくさんのロウソクを見たのも初めてだったし、聖歌隊のコーラスもすごく素敵だった。それにパイプオルガンの……」

教会から屋敷までは40分程だったが、その間、彼女の口が休まることはなかった。
門をくぐり、玄関前に迎えに立つ執事とジルの姿を見てホッとしている自分がいた。
黙るように言うこともできたが、オレはその選択はせずに彼女の話に付き合っていた。これは特に彼女の話が面白いわけでも、興味深かったというわけでもない。
ただ彼女の話す言語が日本語というだけの理由だ。
数年もの間、心の奥底に追いやっていた感情が、彼女との出会いによって表面化したのはたしかだ。

「おかえりなさい。サンシュルト教会のミサはいかがでしたか?」

毎年のように訪れていたランスの教会へはあの日から行っていない。彼女との未来を夢に見たあの場所へはどうしても行く気にはなれずにいた。
ーー式はランスの教会だ。昔からアルディの当主はあそこでーー
クリスマスミサへ数年ぶりに出かけたオレをジルは微笑ましく思っているのだろう。
新しい一歩を踏み始めたのだと。

「天井をリブ・ヴォールトの使用にしたことで、より高く薄い壁の利用を可能にしてあり、見事なステンドグラスは悪くはなかった。ただ規模は小さく、やはり荘厳さには欠けていたな。」

「やはりランスの方が?」

この問いには答えずにオレは歩き出した。ジルとしてはアルディ家当主となったオレにランスの教会へ行かせたいのだろう。
オレの心の内を察したのかジルはそれ以上はランスの話題には触れなかった。

「美沙さんはいかがでしたか?」

オレの後に続いてジルは彼女と並んで歩きながら声をかけた。

「すごく綺麗でした!フランスのクリスマスって日本と全然違うのね。」

彼女のミサの話が再び始まった。

「シャルルさんが今夜のクリスマスディナーにはあたしの為にご馳走を用意してくれるって言ってて、それもすごい楽しみなの。」

「そうでしたか。それは良かったですね。」

背中にジルの視線を感じた。たしかに彼女が苦手だと話していたフォアグラを用意するとは言ったが。否定するほどのことでもないか。

「夕食は19時にとる。シェフにそう伝えてくれ。美沙、それまでは部屋で好きに過ごすといい。」

「はい。」

オレはそれだけ言い、執務室へ向かった。


****

夕食の席では次々と運ばれてくる料理に彼女は目を輝かせ、ため息のような声を漏らす。

「毎日こんな素敵なコース料理を食べられるなんていいな。あたしもフランスに住みたくなってきちゃった。」

そういうと彼女は残りのシャンパンをグイッと飲み干した。

「もう少し飲むか?」

誰かにアルコールを勧めるのも久しぶりだ。オレも残りのシャンパンを空けた。

「うん。」

「シャトー・ル・パンの赤、1985年を。」

これがもしマリナだったら何を選ぼうか。

 


つづく