きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の中へ 25


「シャルル様、本日の夕食もシェフにお任せになりますか?」

執務室前でのやりとりはいつものことだ。
御用聞きのメイドは執務室へ入ることは許されていないため、こうしてオレの出入りを待つことが多い。
これは初代当主からの慣習であり、当主としての絶対的権力の誇示が目的のようだ。
オレは足を止めた。

「いや、今日は自分で決める」

最近はまかせきりにしていたせいか、メイドも気を利かせたのだろう。
隣でジルがオレをチラッと見てきた。
何か言いたげだ。
ジルの視線を感じつつも、瞬時に食卓のイメージを創りあげる。

「オマール海老のヴルーテスープ、熟成イベリコの生ハムとチーズ、鯛のポワレ〜ラヴィゴットソース、和牛ほほ肉のワイン煮、林檎のエクレアマスカルポーネ添え、花はバラ、種類はガブリエル。それからジギタリスを。時間は19時」

「かしこまりました」

メイドは頭を下げると廊下の向こうへと足早に消えていった。
どんなメニューをオレが口にしようと御用聞きのメイドがオレに聞き返すことはない。
もしそんなことをすれば減点対象となるからだ。そもそもそのような人物はここにはいないのだがな。
アルディ家では半年に一度、使用人の席替えが行われる。
要はできない人間は去り、優秀な人材だけが残っていく。空いた席には新しい人間が就くだけのことだ。

「なんだ?」

「今夜の食卓はいつもとは違って、賑やかになりそうですね。ガブリエルは特に女性に人気があり、花言葉はたしか愛、清純ーー」

ジルは含みを持たせた言い方をした。
 
「たしかに白バラの花言葉は愛や清純などと言われている。だがガブリエルは中心部分に薄い青紫色が入るため、その意味はさらに広がる」

つまり解釈はいく通りにもなる。それに所詮は花言葉だ。

「つまりこの場合の解釈は大天使ガブリエルと同じ名を持つ花。『天使のもたらす神の奇跡、そして祝福』といったところでしょうか?」

ジルはゲームを楽しむかのようにそう言うと意味ありげに微笑んだ。
そもそもオレが花の名を口にした瞬間に、おそらくジルはオレの心を見透かしていたんだ。
花言葉などというものに意味を持たせる気などはなかった。だが無意識のうちにオレは自らのねがいを花言葉にのせていたんだ。
マリナがこの国、いや邸内にいるという奇跡がそうさせたのかもしれない。
ジルはそれをオレに自覚させるためにわざとこの話をしているんだ。

「取ってつけたように添えた花にさえ意味を持たせるなんて、ずいぶんと臆病になっているのかと」

「どういう意味だ」

ジギタリス花言葉は不誠実です。シャルル、なぜ、彼女にあの部屋を?」

ジギタリスは、その無垢な姿で佇む様子からバラの下草として広く好まれている。またその葉は長く心臓の薬として使用されていた。その一方では全草に毒を有している強心作用のある有毒植物だ。その葉を誤食し中毒によって死亡するケースもある」

「ええ、もちろん。その毒性についても知っていますが」

ジルはオレの真意を測りかねているようだ。

ジギタリスは使い方によっては人を生かすも殺すもできるということだ」

オレにとってのジギタリスはーー。
それを見極めるにはあの部屋を解放する必要があった。

 

つづく