「何これ?!凄く美味しいっ!前に食べたフォアグラと全然違うんだけど!しかもこのお肉、すっごく柔らかいね。」
「シャトーブリアンを使用したロッシーニ。フォアグラ・オアはアボカドを濃厚にしたような上品な舌ざわりでありながらさっぱりとした味わいだからね。」
「シャルルさんはお料理にも詳しいんだね。」
その日のメニューはすべて当主が決めるのだから当然のことなのだが、そこまで彼女に説明する必要もないだろう。
オレは残りのワインを彼女のグラスに注いでやり、空のボトルを脇へと置いた。すぐさま控えていた給仕が近づいて来て、オレの指示を待つ。
「まだ飲むかい?」
オレはもう十分だが、彼女にも一応聞いてみる。
「ううん、あたしはもういいわ。シャルルさんは?」
「オレも終いにしよう。」
その言葉が合図となり、厨房ではデザートの準備が始まっているはずだ。
オレが今夜のディナーに選んだスイーツは苺とカスタードをガレットの生地で包んだものにレモンクリームとプチブリュレも添えさせた。
マリナだったら何がいいだろうかと考えたものだ。きっと欲張ってあれこれ欲しがるに違いない。
こうして2人のクリスマスディナーは終わった。オレは残りのワインを飲み干し、遠く日本へ意識を向けた。
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翌朝、彼女は朝食の席に姿を見せなかった。昨夜少し飲ませすぎたか。いや、それほどでもなかったと記憶しているが。
ALDH2の活性が弱いタイプなのかもしれないな。
「ジル、彼女にリオレと抗アセトン剤を用意してやってくれ。」
「その必要はないと思います。美沙さんは朝からメイドにあれこれと用事を言いつけているようで、ずいぶんと元気そうでしたので。」
ジルにしては珍しくとげのある言い方だった。
「どういうことだ?」
「こちらで用意した着替えが気に入らない様子でメイドに別の物を用意させたり、化粧品が合わないからと言って、他の物に変えさせたりと……」
そのぐらいは構わなくないかと思っていると、ジルは呆れたといった顔をした。
「今、それぐらいと思いましたね?その後も朝食にパンケーキが食べたいと厨房に直接行くなど使用人達は困惑しています。」
「そうか、ずいぶんと好きにやっているようだな。」
オレは彼女と出会った日のことを思い出しておかしくなった。そういえば自分を売り飛ばす気なのかと言ったりしていたな。
たしかに初めから彼女は気は強そうだった。
「笑いごとではありません。メイド達も美沙さんにどう接したら良いのかと困っています。」
「わがままな客も中にはいるだろう。いつも通りに接すればいい。」
「そういうわけにはいきません。」
「なぜ?」
「それは……」
ジルはそこで言葉を切り、悲しげな表情を見せた。
「もしシャルルが彼女にマリナさんの面影を重ね、彼女を代わりにと考えているのなら……。」
そういうことか。
ジルの言わんとしてることはわかった。
メイド達もこの先、彼女がアルディの中で重要な人物になるかもしれないと考え、戸惑っていたのだ。
たしかに彼女はオレに懐かしさを運んできた。ただそれだけのことだ……マリナの代わりなどいるはずはない。
彼女の帰国と共に懐かしさもこの思いも元へ場所へと還っていくはずだ。
「パスポートが再発行されるまで面倒をみるだけだ。」
つづく