きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の中へ 22

案内された部屋は青色を基調とした清潔感のある部屋だった。
部屋の入り口には同色のブルーのスリッパが用意されていた。昨日から歩きっぱなしの足でそれを履く気にはなれず、とりあえずシャワーを浴びようと浴室へ向かった。
浴槽はなく、小さなシャワーブースが設置されていて簡単に汗を流せるようになっていた。
ボディソープもシャンプーも、そしてコンディショナーもどれもこれも滑らかな泡立ちとどこか懐かしい花の香りがした。
これ全部シャルルが選んだものなのかな。シャルルに包み込まれているような感覚に心が温まり、そして現実を思い出して胸が痛んだ。

大使館での騒動もシャルルの権威と知識の前にあっという間に解決し、あたしはパスポートの再発行が完了するまでの間、アルディ家のお世話になるということを条件に解放された。
強制送還になるほどのことをなぜしてしまったのか。
あの時の自分は一体どこへ向かおうとしていたのか、よく思い出せない。なぜあんな突飛な発想をしてしまったのかも。
そんな風に考えをめぐらせながら部屋をぐるりと見渡してあたしはあることに気づいた。
窓辺には薄青色と翠色のレース調のカーテンがふわりとつけられている。とてもセンスがよく上品な色使いだ。
でも……。
年の瀬も押し迫るこの時期、パリの気温はかなり低い。快適な室温で管理された部屋とはいえ、青色を基調とした部屋はどこか寒々しく感じてしまう。
カーテン、スリッパそれにバスタオル。絨毯もクッションもベットもすべてが寒色系で統一されている。
以前、シャルルの配慮で来賓扱いを受けた時とは大違いだ。
貝が口を開けたような優雅な形のお風呂も泡風呂も天蓋付きのベッドもここにはない。あたしにこの部屋を使うようにとメイドに指示したのはたしかにシャルルだった。
偶然とか、たまたまなんかでシャルルが部屋を選ぶはずはない。
明確な意思であたしにはこの部屋が良いと、ここで充分だと判断したんだ。
あはは、そういうことなのね。
でもあたしは部屋なんて何でもいいのよ。
安心して寝られる場所と食べ物さえあればそれでいいの。
だから不満なんて全然ない……はずなのに涙が溢れてくる。
あたしはその場にしゃがみ込み、湧き上がってくる寂しさに震えた。
当たり前のように注がれていたシャルルの優しさや愛情を失ったことを改めて思い知らされた瞬間だった。
それでも和矢を忘れてカークに会いに来たなんて言った最低なあたしを助けてくれただけでもありがたいと思わなくちゃいけないんだ。
気を取り直すように窓辺に向かった。外を眺めると辺りは薄暗く、眼下に広がる中庭には人影が見えた。
プラチナブロンドの髪は遠目でもシャルルだとすぐにわかった。そのすぐ横を歩くのは、おそらく婚約者の彼女だ。
何を着ているのかまではよく見えないけど
さすがに外は寒いらしく、彼女は両手を交差させて左右の腕をさすりだした。
するとシャルルは自分のコートを脱ぎ、さっと彼女の肩に掛けてやる。彼女がシャルルを振り仰ぎ、二人の視線が絡み合う。
二人の距離が近づいていくのを見ていられずに、あたしはカーテンを閉めた。

部屋に響くメロディー音で目が覚めた。
いつの間にかベットで寝てしまっていたようだ。
見ればベット脇にあるサイドテーブルにはスマートフォンが置いてあり、着信を知らせる画面に《chambre  M》という文字が表示されている。
おそるおそる通話ボタンをタップし、耳に当ててみた。

「もしもし?」

「マリナさんですか?私、榎森ミサです。突然ごめんなさい。実はどうしてもあなたにお話したいことがあって」

電話をかけてきたのは彼女だった。

「話したいこと?」

「それが電話ではちょっと……。あの、今から私の部屋まで来ていただけないでしょうか?」

「別にいいんだけど、でも……」

でも中庭での二人のことを思い出すと彼女に協力する気にはなれなかった。
心がせまいと思われたっていいわ。
だからあたしはそれらしい理由をつけて断ろうとしたのよ。
それなのに彼女は何を勘違いしたのか、

「ありがとうございます。私の部屋は3階にあります。ドアに《chambre  M》と書いたプレートがあるのですぐにわかるかと思います。ではお待ちしてますね」

「あ、あの!?」

そういうと彼女はあたしの言葉も聞かずに一方的に電話を切った。
いいとは言ったもののどうにも気が重い。
かといってこのまま放っておくわけにもいかず、充電スタンドスマートフォンを戻し、あたしは彼女の部屋へと向かった。
言われた通りに階段を使って一つ上の階へむかった。
するとそこには見覚えのある景色があった。
《chambre  M》というのは前にあたしが来賓扱いを受けた部屋だった。
そうだ、あの緑のゲオルギウスの小部屋探しがシャルルと知り合うきっかけになったんだ。
たしかすぐ隣はシャルルの私室だったはずよ。何度か来たことがあるから間違いない。
つまり彼女は今、かつてのあたしと同じような扱いをシャルルから受けているんだ。そりゃ婚約者なら当然か。
あたしは自ら手放したんだから文句なんて言えない。そう思う気持ちとは反対に胸が苦しくなる。
彼女は話があると言っていた。
話って何だろう?
でも今、こんな気持ちでまともに話ができるとは思えない。
やっぱりやめよう。
そう思い直して引き返そうとした瞬間、目の前の扉がゆっくりと開き、メイドさんが出てきたと思ったら続いて彼女も姿を見せた。

「それではまた何かありましたらお呼びください」

「うん、ありがとう」

メイドさんはあたしに気づくと一瞬目を見張るそぶりを見せたが、すぐに会釈をして廊下の向こうへ行ってしまった。

「マリナさん、どうぞ中へ」

あたしは完全に帰るタイミングを逃してしまった。

 


つづく