きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

届かぬ想い24

閑静な高級住宅が立ち並ぶ一角にひときわ大きなお屋敷が見える。こうして改めて見るとシャルルって本当にすごいんだなと思った。
シャルルの言った通りあれから四十分ほどでお屋敷に着いた。
シャルルはしばらくのんびり過ごすようにあたしに言うとジルと共に早々にどこかへ出かけて行った。

「マリナさん、お部屋にご案内いたします。どうぞこちらです」

あたしは出迎えにきていたメイドのロザリーさんに付いてお屋敷の中へと入った。あの頃と何も変わらず、シャルルとの面会待ちの人達なのか、たくさんの人とメイドさんが行き交う中を奥へと進んで行く。あたしが案内されたのは中庭をぐるりと回った一番奥の角部屋だった。
ロザリーさんはドアを開けるとあたしにどうぞと言った。
アップルブロッサムを基調としていて、家具はロココ調のもので統一された素敵なお部屋だった。

それから数日、また転んだりすると危ないから一人では絶対に部屋から出ないようにとシャルルに言われていたあたしは部屋から一歩も出ることもなく、たくさんのお菓子とお茶を堪能して過ごした。
その間シャルルがこの部屋に来ることは一度もなかった。
日本で会議に参加した後、シャルルはすぐにこっちに帰ってくる予定だったのにあたしのせいで帰国を延期したから忙しいのかもしれない。

そんなある日、ロザリーさんがキレイなお花を持って現れた。

「うわっ、すてき。それなんて名前なの?」

あたしがそう言うとロザリーさんは花瓶を置いて窓辺に近づいた。長いレースのカーテンの端をそっと掴み、静かにそれを開けた。

「これはアイリスと言ってフランスの国花の一つです。今の時期はこの花が中庭を彩ってくれます。こちらのテラスからもご覧になれますよ。
こちらは特別なお客様専用のお部屋で、中庭が見渡すことができます」

特別な……。
その言葉を聞いてあたしは胸に熱いものが込み上げた。
本来なら小菅でシャルルと別れ、和矢と残ることを決めたあたしを構う必要なんてどこにもないのに、あたしをこうしてパリまで連れて来てくれた上にこんな風に気づかってくれるシャルルに申し訳ないような気持ちになった。
と同時にこのお屋敷に着いてからずっとあたしは確かめたい事があった。

「ロザリーさんが日本語が話せる人で本当に良かったわ。あたし、フランス語は全く分からないからどうしようかと思ってたのよね」

探るようにあたしが聞くと彼女は首を振り、さらりとそれを否定した。

「いえ、私に限らずこちらで働く人間は全員、日本語が話せますのでご安心下さい。現当主のシャルル様がある時を境に日本語しか使わなくなって以来アルディ家ではフランス語は誰も使用しておりません」

まさかとは思ったけど今でもシャルルは日本語しか使わないんだ。
それがどういう意味なのかは分からない。だけどもし僅かでもシャルルの中でまだあたしへの想いが残っていて、それで今だに日本語を使っているとしたら?
日本での再会も偶然にしては驚異的な確率なはずよ。あたしにはもうこれは運命としか思えなかった。

「シャルルが日本語しか使わなくなったのって一体いつからなの?それにどうしてなんだろう?」

すると彼女はちょっと首を傾げると頬に手をあてて記憶をたどり始めた。

「私がこちらにお世話になったのが六年前。その時にはすでに日本語が使用されておりましたのでいつからなのかは分かりませんが、どうやらシャルル様のお心に深く刻み込まれた方の影響だと聞いた事がありますが……あっ、私ったらお客様にこんな話。申し訳ありません、今の話は忘れて下さい。ではマリナさん、何かございましたらお呼び下さいませ」

彼女はそう言うと深々とお辞儀をして慌てたように部屋をあとにした。

シャルルと小菅で別れたのが六年前。
その後もシャルルはここで日本語を使い続けていたんだと知った。
あたしは一つの希望にいてもたってもいられなくなった。


つづく