ほどなくして女性職員が戻ってきた。
「大変お待たせしました。大使よりアルディ様にぜひ協力するようにと仰せつかって参りました」
「それは助かる。ではさっそくだが、、」
要件を伝えると上階の応接室へと促された。
「いや、あまり時間がないのでここで構わない。池田麻里奈という女性のパスポート再発行申請が上がっているのかどうかだけ調べてくれないか?」
「承知いたしました。ではそちらでお待ち下さい」
そういうと女性職員はカウンターの向こうにあるパソコンに向かい始め、すぐに戻ってきた。
「池田麻里奈さんという方の申請は出されておりませんでした。いつ頃こちらへ来館されたのかおわかりですか?」
「来たとすれば昨日か今日のどちらかだ」
すると女性職員は再びパソコンの画面を食い入るように見始めた。
だが結果は同じようだ。
「やはり現時点では申請は上がってきていないようです」
「そうか。ではもしその女性が来館した時はすぐに連絡をもらえないか?」
そういってオレは名刺を差し出した。
「ええ構いませんが、明日から年末年始のためにしばらく休館に入ってしまいますが……」
「それは構わない。では頼む」
オレはインフォメーションをあとにした。マリナはここへは来ていなかった。盗難にあったのはバックだけでパスポートは無事だったということか?
とにかくマリナがフランスへ入国したのは確かだ。
さてどうするか。まずは美沙のパスポートだな。今日中に受け取っておかなければ年をまたぐことになる。
できればそれは避けたい。
それにしても遅いな。
辺りを見渡すが美沙の姿はなかった。
***
シャルルに大切な人がいる可能性だってあることぐらいあたしだって考えてなかったわけじゃない。
でもまさかこんな所で、しかもあんな形で知るとは思っていなかった。
とにかくパスポートをどうにかしてさっさと日本へ帰ろう。
ポケットにつっこんだままの番号札を手にカウンターへ向かった。
「あの、24番ってまだ呼ばれていませんか?」
「何度かお呼びしたんですがいらっしゃらないようなので、飛ばして次の方をお呼びしたところなんですよ。それでは次にお呼びするのであちらでもうしばらくお待ち下さい」
とぼとぼと再び長椅子に座った。
意外と早く呼ばれていたんだ。何だかパリに来てからずっとついてないな。
やっぱり来るんじゃなかった。
「お待たせしました。24番の方どうぞ」
それから5分ほどで呼ばれたけど、パスポートはその場ですぐに発行してくれるわけじゃなかった。
普段でも手続きには5日はかかるのに明日からはなんと大使館が年末年始の休館で最短でも10日はかかると言われて目の前が真っ暗になった。
「そこをどうにか。だって10日もだなんてお金も泊まるところもないのにどうすればいいんですか?」
「こちらにお知り合いの方はいませんか?」
その時あたしは自分の甘さに気づいた。
心のどこかでシャルルが自分を放っておきはしないだろうって思ってたんだ。
パリにさえ来てしまえば、シャルルにさえ会えればどうにかなるって思いあがっていたんだ。だからホテルの予約なんてしてもいない。
「オレが君を忘れられない?会いたかったと言えばこの胸に迎え入れるとでも思っていたのか?」
想像の中のシャルルが冷たく言った。
そうよね、あれから4年も経っているんだもの。
その瞬間、生温かいものが頬をつたった。
そうじゃない。
何年経ったのかなんて関係ない。
シャルルが許してくれるわけがない。
視界が滲んでいく中、あの日のことが鮮明に思い出されていく。
あの時あたしはシャルルではなく和矢を選んだ。愛してると一度は口にしておきながらあたしはシャルルを切り捨てた。
でもあの時のシャルルはそうなることまで想定してあたしのために和矢への別れの手紙を出さずにいてくれた。
シャルルはいつだってあたしのことを考えてくれていたんだ。
それなのにあたしは掌を返したように和矢の手を取ってしまったんだ。
何もかも遅いんだ。
和矢への懐かしさを愛だと勘違いしてしまったあの時から……。
つづく