入口近くにあるウェイティングスペースは
開放感のある大きな窓が外に向かって弧を描くような造りになっていて、パーソナルチェアが窓を背にいくつか並んでいる。
ここからなら見れるのか。
窓の外に目をやると、わずかだが確かにアルディ家の尖塔が見えた。
辺りを見渡すと出入り口に置いてあるサイドテーブルの上に一冊のノートを見つけた。
あれか……!
オレは引き寄せられるように近づき、ノートを手にとった。
中を開くと様々な言語が目に飛び込んできた。英語、スペイン語、フランス語に混じって日本語のページを見つけた。
「ここからシャルルの家が見える。こんなにーーーー」
これかっ!
心臓がドクンと跳ね上がった。
やはりマリナなのか?
他のページにも目を通したが、日本語の文章はそこだけだった。
どれもこのカフェの感想や旅の思い出など一言二言が簡単に書かれている。
しかも前の人間のやり方に倣ってなのか、ほとんどのページに日付が入っている。
この日本語のページ自体には日付は書かれていないが、前後の日付からおそらくこれが書かれたのは一昨日から今日にかけてだ。
それにしても不自然に終わっている文が気になる。何度ノートを見てもやはり続きはない。
ペン先が下へと落ちていくような、文字とは判別できない線が一本あるだけだ。
「急にどうしたの?」
美沙が慌てて追いかけてきた。
「これを書いたのはオレの知り合いかもしれない」
オレは短くそれだけ答えた。
美沙の表情が微かに曇った。
「知り合いって?」
彼女の声はもちろん聞こえてはいたがそれどころではなかった。
マリナがパリにいるのか?
君はここに来ていたのか?
もしかして……。
だが次の瞬間、オレはその思いをかき消した。
和矢と一緒にここへ来ているんだ。
そう考えるのが自然だ。
きっと席を待つ間、マリナは偶然にもオレの屋敷を発見した。なにげなくそのことを書いていたら、和矢に呼ばれてそこで書くのをやめた……そんなところか。
いや、和矢に見つかりそうになって慌てて隠した可能性だってある。
だけどそうなると和矢に見られては困るということになる。
つまりそれは……。
いや、それはないはずだ。
予測も判断も自分を納得させられるだけの
説得力はない。
考えがまとまらずに空回りを始めた。
「シャルルさん?」
「少し黙っててくれ」
「ごめんなさい」
もどかしさからつい言葉がきつくなってしまった。
「いや、すまない」
沈黙が流れる。
その時、ウエィティングスペース脇に店員の姿を見つけた。オレはノートを手にその男性店員の元へ向かった。
「君、これを書いた日本人を覚えていないか?」
ノートを開き、店員に見せた。
「あぁ、それならたぶん昨日の子かな。日本人かどうかはわかりませんが、そこのイスに座って書いていたら荷物を盗まれたらしくて、慌てて店を出て行った女の子がいましたよ」
それで不自然に文が終わっていたのか。
「その子は一人だったか?それでその後は?」
「一人だったような気がします。出て行ったきりなのでその後どうなったのかはわかりません」
「とにかくここを出よう」
何かに急き立てられるようにオレは言った。フランス語でのやりとりがわからない美沙に簡単に事情を話した。
「オレの知り合いが君と同じように盗難にあったようだ。オレはこれから警察に行く。君は屋敷へ戻っていてくれ」
「でも私、一人じゃ帰れないよ」
「フレデリックにここまで迎えに来させるから問題はない」
だけど美沙は首を振った。
「盗難に遭ったなら警察に行ったあと、大使館にも行くのよね。私も行く予定だったし、せっかくならこのまま私も一緒に行っちゃうわ」
美沙を連れて行くことに多少の抵抗はあった。しかし今は一秒でも早く動きたかった。
「わかった」
つづく