きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の中へ 8

パスポートの再発行手続きには最低でも5日、場合によっては6日、いやそれ以上かかることもある。
しかも受け取り可能かどうかは本人が大使館へ行ってみないことにはわからない。
これは偽称や詐欺などの犯罪行為に悪用されることを避けるため、本人確認後にやっと手続きへと進めるからだ。
もちろん電話での問い合わせには一切対応していない。つまり何度か足を運ぶことになるケースもある。
そして美沙の場合は申請書の提出をしたのが午後だ。今日が5日目とはいえ再発行が明日以降になる可能性もある。
だがそうなると一つ問題がある。
それは今日を逃すと日本大使館は年末年始の休館に入ってしまう。
つまり美沙の帰国は年明けになるかもしれないというわけだ。
たかだか滞在が一週間ほど延びるだけのこと、そう思っている自分はたしかにここにいる。
とはいえ第一印象の悪い相手でさえ、その先もずっと同じかといえば答えはノンだ。
共に過ごす時間は互いの印象を変えることもある。
山ザル女がファムファタルになり得ることだってあるぐらいだ。
いや、そうだとしても。
オレがマリナを忘れる?
それはあり得ない。
ならばオレは何かを恐れているというのか……?


***

大使館へは午後になってから行くつもりだったので、午前中のうちに約束どおりブローニュの森へ美沙を連れて行った。
ルイ16世の弟アルトワ伯の離宮の一つであったバガテル城や庭園内美術館を一時間半ほど見てまわった。
美沙は目に映るもの全てを心に焼き付けるように一つ一つ時間をかけて見ていた。
これでオレのお節介も日本との繋がりも終わりなはずだ。

大使館へ行く前に一息つくことにした。
庭園内には本格的なレストランから軽食を扱う店までいくつかある。
朝食を済ませてからそれほど時間も経っていなかったため、オレたちはカフェに入ることにした。
バガテル城の別邸の一部を改装したここのカフェの前には可憐な花の咲く花壇が広がり、バラ園へと続くアーチ型のレンガのトンネルから見える景色はまるで中世のままだ。
店内は賑わってはいたが、すぐに窓側の席へと案内された。
彼女は両開きのメニューにさっと目を通してはぁーと、ため息をついてすぐに閉じた。それもそのはず、フランス語表記だから仕方ない。
オレにカフェオレの注文を頼み、化粧室へと立った。しばらくして戻ってきた美沙は座りながら辺りを見て言った。

カップルが多いね。シャルルさんとあたしもそう見えるのかな?」

美沙は両手を口の横に添えて内緒話をするかのように小声で言った。たしかにどの席も恋人同士なのか友人なのかはわからないが、男女の組み合わせが多い。

「さぁね。ただ声は小さくしなくても日本語だから気にしなくてもいいんじゃないか?」

オレは小さくそう言った。

「そっか!でも、ほらシャルルさんは有名人なのかなって思ったから、つい声が小さくなっちゃった。」

クスクスっと笑う美沙はカップルだと思われることを楽しんでいるように見えた。
と、その瞬間ある言葉に引っかかった。

「オレが有名人かもしれないとどうしてそう思ったんだ?」

「入口のウェイティングスペースに置いてあるお客さん達が好きに感想とか書くノートがあって、そこに書いてあったの。ここからシャルルの家が見えるって。そんな風に言われるのってシャルルさんが有名人だからなんでしょ?」

オレは振り返り、窓の外を見た。
しかし屋敷は見えなかった。
いや、待てよ。
方角が違うのか。
次の瞬間、オレは駆け出していた。

 


つづく