「彼女に深入りするつもりはないよ。それに……」
「それに?」
「いや。」
オレは言葉を飲んだ。
マリナの代わりなどいるはずがない。
だがそれをわざわざこの場で言うことでもないと思い直した。
その時、カチャっと扉が開き、隙間から美沙がチラッと顔を覗かせた。
「やっと見つけたー!シャルルさんどこにもいないから探しちゃった。」
「美沙さん、入室する時は……」
執務室に勝手に入ってくるとはなかなかの度胸だな。甘やかすつもりはないが、特に咎める気にもならなかった。
オレは手を上げ、ジルの言葉を遮った。
「あ、ごめんなさい。」
「構わない。何かあったのか?」
ジルは何か言いたげな顔をしたが、構わずオレは美沙に入室を許可した。
「部屋から森が見えたからちょっと出かけてみようと思ったの。そしたら門の所にいる人に止められちゃって。シャルルさんの許可がないと通せないって言うから探してたの。ねぇ、行って来てもいいでしょ?」
美沙の遠慮のない振る舞いは嫌いではない。小動物のようにこちらの懐にさっと入ってくる感覚はむしろ懐かしい。
「何をしに行くんだ?」
「きれいな景色をたくさん見て、自分の想像の引き出しを増やしたいと思ってるの。実はあたし、日本でイラストレーターをしてるの。パリに来たのは既存の視覚を拡げるためだったんだ。このお屋敷もすごく素敵なんだけどそろそろ自然の中で気分転換もしたくてね。」
まんが家もイラストレーターも何かを生み出す仕事だ。オレはクリエイティブな人間に惹かれる傾向なのだろうか。
くだらない自己分析におかしくなった。
彼女の旅行の目的はただの観光ってだけではなかったのか。
どうもあちこちへ連れて行けと言わないとは思っていたが、ある意味納得した。
たしかにこの邸には多くの装飾品や絵画、調度品が揃っている。
それにさすがの彼女も所持金もなく、移動手段も限られているとなれば、オレに頼むよりも手近な所で済ませていたということか。
「わかった。ブローニュの森の中には城や湖もあるから連れて行ってやろう。だが今日はさすかに無理そうだ。」
すると、すかさずジルが口を開いた。
「本日は11時30分にマッティーヌ公爵との南仏リゾート開発地の医療推進会参加への助言、11時50分にサラニクス製薬との新薬権譲渡契約、その後13時30分から病理研究所にて脳細胞内クルミ型基板核の不結合細胞についての論文検証を予定しています。明日は……」
スケジュールは1週間先まで記憶している。となれば明後日は何もないはずだ。
「どうやら明後日まで体が空かないようだが、それでもいいかい?」
美沙はパッと顔を輝かせた。
それはひまわりのような笑顔だった。オレは心の奥をくすぐられたような奇妙な感覚を覚えていた。
美沙はどんな絵を描くのだろうか。
ふと心に浮かんだ疑問にハッとした。
人へ興味を持つことなど久しぶりだった。
直後、マリナの顔が浮かんだ。
泣き顔や怒った顔、心配そうな顔、ホッとした顔。
だけど笑顔だけは思い出せなかった。
忘れたのではない。
なぜならオレは忘れたりはしないからだ。
ただ、オレの心が知らない間に記憶から消したいと思っている可能性はある。
記憶回路の封鎖またはネットワークの削除を自ら選び処理をしているのかもしれない。
あれから4年。
マリナは食べることが何よりも好きだった。何に心惹かれ、どんなことに興味があるのか。今思えばオレはマリナのことを何も知らなかったのかもしれない。
そして1つだけ分かっていたのは、マリナはオレを愛してはいなかったということだけだ。
つづく
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みなさん、こんにちは!
くぅぅ〜っ!😱
シャルルBDに何も更新しなかった上に、こんな終わり方(^◇^;)
このお話は10話前後で終わる予定です。
その後、以前リクエストをもらっていた物を書こうかな…と思ってます。
再発当初はバースデーにケーキ🍰を買ったりプレート付けて貰うのにドキドキ💓していたけど、今年は忙しくて何もできなかった。
せめてシャルルを幸せに…✨✨✨
あっっ🤭全然幸せそうじゃないじゃん😱