きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

Reve de continuation 4

最初に言い出したのは和矢だった。
『マリナを連れて行けよ』
これはあたし達に別れを告げたシャルルに向けて和矢が言った言葉よ。
でも和矢はそのことを後悔していると言った。
一緒に過ごすうちにあたしはシャルルを好きだと思ったこともあった。それはシャルルの気持ちに応えてあげたい、受け入れてあげたいという同情に近いものだったようにも思う。
でもそうなるのもわかった上であの時、和矢はあたしに別れようと言ったんじゃなかったの?でもやっぱり気分の良いものじゃないわよね。

「心配かけてごめんね。でもシャルルとは何も……」

あたしの言葉を遮り、和矢は苦しげに言った。

「いや、そうじゃない。もっとお前のことを考えてやるべきだった。逃亡生活は命がけの連続だったとあいつから聞いた。日常生活に戻ってから症状が現れるかも知れないとシャルルに言われたんだ。まさに今のお前がそうなんだと思う。さっきもぼんやりしてただろ?」

「どういうこと?」

「急性ストレス障害ASD。衝撃的な出来事や事件に遭遇、又は目撃による過度のストレスによる追体験、いわゆるフラッシュバックを起こす可能性があるから気をつけてやってほしいと手術の後にあいつに言われたんだ」


手術の後って、まだあたしが日本に残るって決める前よ。シャルルはあたしを自由にしようと空港で再会したあたし達を見た時に思ったと言っていた。
あたしが和矢の元へ帰るのかもわからないのにシャルルは手術後、和矢にあたしを託していたんだ。
あたしはシャルルの考えていた通りの道を選んでしまったんだ。その時のシャルルの気持ちを考えると居た堪れない気持ちになる。

「今でもあいつといた頃のことを思い出したりする?」

あたしは首を振った。
シャルルとのことを思い出したのはそんなのじゃないわ。

「でもお前、ここに来てからずっとぼんやりしているだろ?大丈夫だ。ちゃんと薬を飲めば症状は徐々に消えていくってあいつも言ってた」

和矢のその言葉を聞きながら、シャルルが分裂病だと診断された時のことを思い出した。
どんなにシャルルが否定しても誰も信じようとはしなかった。あの時のシャルルの孤独をあたしは噛みしめた。
一度疑われてしまうと本人がいくらそうじゃないと否定しても、それは病気によるもので本人には自覚がないのだから仕方ないって思われてしまうんだ。
あたしはあの時、シャルルが自分は犯人じゃないと否定するなら信じようって思った。それはシャルルが大切だったからよ。でも他の人達は誰一人として耳を貸さなかった。
それなら和矢はあたしが否定したらなんて言うだろう?
きっと和矢はあたしの言葉を信じてくれるはずだわ。

「逃亡生活が大変だったのは確かだけどそんなことであたしは病気になったりしないわ。
あんたと一緒にいるのにシャルルとのことを思い出していたのはごめん。でもどうしてるかなって思っただけよ。でもそれは友達なんだもの、当たり前でしょ?」

「そうか、それならいいんだ。でも何かあったらすぐに言えよ」

それっきり和矢はそのことについて触れることはなかった。和矢はあたしの言葉を信じてくれたんだ。あたしは何よりそれが嬉しかった。
お店を出たあたし達はたわいもない話をしながらアパートまで歩いて帰った。その間ずっとあたしは部屋を片付けてから出掛けてくれば良かったと後悔していた。角を曲がりアパートが見えた辺りであたしは和矢を誘った。

「さぁ上がって上がって」

あたしは先に部屋に入ると目についた服をささっと手にとりながらこたつのスイッチを入れて和矢に座っててと言って台所へ向かった。
やかんをコンロに乗せ、カチカチッと火を点けた。今日は三回で点けることができた。でも最近調子が悪いのよね。そろそろ買わないとダメかしらと考えている時にふと疑問が湧いてきた。
日本を離れていた間、そう、パリに行っていた間、あたしはここの家賃も光熱費も何一つ払っていかなかった。それなのに昨日大家さんに会った時、どこか旅行にでも行ってたの?って聞かれただけだった。

「おい、沸いてるぞ」

えっ?
すかさず横から和矢の手が伸びてコンロの火を止めた。
やかんを火にかけていたことをすっかり忘れてた。

「ごめん和矢。ちょっと気になることがあってぼんやりしちゃってたわ」

和矢はあたしの頭にポンと手を乗せた。

「一人で何でも抱えてると潰れちまうぜ。オレに何ができるかわかんねーけどお前の力になりたいんだ。だからもっとオレを頼ってほしい」

和矢の瞳が揺らめき、あたしを包み込むように優しく見つめる。和矢の言葉があたしの心に真っ直ぐに飛び込んできて、あたしは本当にこの場所に、和矢の元へと帰ってきたんだと実感した。
そうか!家賃だって一人で日本に帰ってきた和矢があたしがこっちに帰ってきた時に困らないようにってきっとしていてくれてたんだわ。

「ねぇ和矢、あんたが払ってくれてたの?」



つづく