きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

Reve de continuation 3

和矢はてっきりバイクで来るって思っていたあたしは長いスライドでこっちに歩いて来る和矢の姿を見つけて少し驚いた。

「わざわざ電車で来たの?」

「バイクだとお前、寒いって文句言いそうだからな」

「そんな言わないわよ。失礼ね!」

「いや、絶対にこんな風にむっちり顔して言うぜ」

そう言って和矢は頬をぷぅーっと膨らませて見せた。

「何よ、そのむっちり顔って!」

あたしが手を振りかぶると和矢は「おっかねー」って笑いながら駆け出して行く。あたしも和矢の後を追いかける。まるで中学の頃に戻ったみたいな感覚に懐かしさを覚えた。
戯れながら二人で歩く駅までの道のりは普段だと二十分ほどかかるけど今日はあっという間に感じた。
駅ビルの中にあるお洒落なイタリアンのお店に入った。一時半を過ぎていたせいか待たされることなくすぐに案内してもらえた。
ウェイトレスさんは「こちらへどうぞ」と笑顔で言うとお店の奥へと歩き出した。店内はオープンキッチンになっていて調理しているところがこちら側から見える造りになっていた。
長い通路の手前からピザ、パスタ、サラダそしてデザートを作るスペースが一列に並んでいる。
大きな窯の前で薪を火にくべ、ピザを焼いている姿に思わずあたしは立ち止まった。大きく平らなシャベルのようなものにピザを乗せ、窯の中で回転させながら焼き上げていく。まさに職人技!

「すごーい。あたし、目の前で作っているのを見るのって初めてだわ」

ピザのとなりではパスタの鍋からぼーっと火が立ち上り、鍋の中で麺が踊るように舞っている。

「ほら行くぞ、マリナ。ウェイトレスさんが困ってる。いちいち立ち止まらないでくれ。とにかく席に着こう。あとでゆっくり見に来ればいいだろ、な?」

『ーーマリナ、目立ってるぞ。まっすぐ前を見てろ。巡礼と観光は違うぞーー』

「マリナ?」

和矢があたしの顔を覗き込む。

「あっ、ごめん、ごめん」

あたしは慌てて歩き出した。
急にあの時のシャルルの言葉が和矢の言葉に重なったようだった。

「ではお決まりの頃、お伺い致します」

案内されたのは外のテラス席の向こうに良く作り込まれた中庭のような空間が見渡せる席だった。ビルの中層階にいるとはとても思えない見事なお庭だった。
平和そのものだ。
ついこの間までの日々が夢の中の出来事のようだ。アルディ家にはここよりももっと素敵な中庭があったっけ。
シャルルも今頃は……。

「ーーにする?」

和矢にまっすぐに見つめられてることに気づいてはっと我に返った。

「あ、ごめん。ぼーっとしてた。それで、何だっけ?」

「だからこっちのサラダは単品で別に頼むことにする?」

「そ、そうね。そうしよ」

せっかくの和矢とのデートなのにあたしはなぜかシャルルのことを考えていた。
『あんたが当主の座に返り咲くまであたしはずっとそばにいる』
何度となくあたしがシャルルに言ってきた言葉だ。シャルルが一人、孤独の中へと向かっていこうとする度にあたしはこの言葉を口にした。
それなのに最後まで見届けることなく、あたしはシャルルのそばから離れた。

「マリナ、聞いてるか?」

「あ、ごめん」

またもやあたしは自分の考えの中を彷徨い始めてた。

「だから、あれ、何か知ってる?」

和矢の視線の先にはまるで車のタイヤを横に寝かせたような薄黄色をした大きな塊がワゴンで運ばれて来るところだった。
おそらく和矢はあたしを驚かせようとしてあれを注文したんだ。
だけど実はあたし、あれが何かを知っていた。

『あれはエメンタールチーズといってチーズの王様とも呼ばれている。フランス国内で消費されるチーズの中で一番多いんだ。スライスしたり削ったりして食べるハードチーズの一種さ』

いつだったかシャルルとの夕食の時にメイドさんが運んできた大きなチーズを見てあたしは凄く興奮したことを憶えている。銀製の四角くて薄い、ちょうど下じきぐらいの大きさの物でチーズの表面を刮ぐと湯葉のような薄くて長いチーズが出来るのよ。その様子を見てあたしもやってみたいといってメイドさんを困らせたんだっけ。
シャルルは仕方ないといった顔をしてあたしにもやらせてくれたんだった。

「マリナ?」

何度目かのぼんやりに和矢の顔が曇り始める。あたしは慌てて答えた。

「あれチーズだよね。たしかエメンタールとかいうやつでしょ?ふわふわっとしててサラダにかけても美味しそうね」

瞬間、和矢の瞳に悲しげな影が宿った。
でもそれはほんの一瞬ですぐに和矢は参ったなと言って笑顔を見せた。

「そっか、お前あいつの家でこういうのいっぱい見てるから知ってたんだな」

「あ、うん。一回だけだけどね」

二人の間に沈黙が流れる中、ウェイトレスさんがチーズを削る音だけが響き渡る。

「美味しかったわね」

それから次々と運ばれて来るパスタやピザ、デザートを食べ終わりコーヒーを飲みながらあれこれと話をしていると、ふいに和矢が真剣な表情になった。

「オレ、あの時お前をシャルルと行かせたことを後悔してるんだ」




つづく