きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

Reve de continuation 8

何も言えないまま土曜の朝が来た。どちらにしても電話で話すことじゃない。シャルルに会いたいという思いは変わらないけど、すぐにどうこうできるものでもなかった。
だからって和矢とこのまま一緒にいるのも違うと思う。
この数日でわかったことは空港で再会した時に和矢へ感じた気持ちは懐かしさから来る安心感のようなものだった。そう、お母さんと電話した時に感じた懐かしさととてもよく似ていた。
今、シャルルを思う気持ちとは違う類のものだ。シャルルへの思いが同情なのかそれとも愛情なのか、まだはっきりとはわからない。それでも会いたいって思う気持ちは本物だった。
同じ時を過ごすうちに、シャルルはあたしの心に何かを刻んだんだわ。
あたしは落ち着かない気持ちで和矢の到着を待った。和矢に会ったら今の気持ちを正直に話そう。

やがて階段を駆け上がる軽快な音が聞こえ、部屋の前でピタリと止まった。

「コンコン」

薄っぺらい木のドアが音を立てる。
あたしはサンダルをさっと履いてドアを開けた。
その瞬間あたしはハッとした。
白のニットにシックな紺のジャケット、薄茶色のチノパンを身に纏った和矢は明らかにいつもの雰囲気とは違っていて清潔感が溢れていた。
和矢はあたしの実家に挨拶に行くつもりできちんとした格好で来てくれたんだ。
それに比べて完全に実家に行くつもりのないあたしはいつもと変わらない普段着だ。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら「とりあえず上がって」と声をかけた。

「オレ、すげー緊張してきた。付き合ってますって言ったら親父さんに殴られるかなー?」

あたしを振り返りながら和矢が先にこたつに座り、その隣にあたしも入った。
実家に挨拶に行くとなれば世の中の恋人達もきっとこんな会話をするんだろうなと、どこか他人事のようにあたしは聞いていた。だけどちゃんと言わなきゃ。あたしは負けてしまいそうな気持ちを奮い立たせた。

「ごめん、和矢。実は家賃を払ってくれてたのはお母さんじゃなかったのよ。だから今日は実家に行くのをやめようかと思ってるの」

「あぁ、それシャルルだったよ」

和矢はさらりとそう言った。

「え?」

一瞬、聞き間違えたのかと思った。きっとあたしは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたんだろう。
和矢はもう一度、同じ言葉を口にした。

「だから、家賃を払ったのはシャルルだってさ」

その言い方はまるで教室で友達と話をしている時にたまたま仕入れてきた情報みたいな軽い言い方だった。

「なんでわかったの?」

「この前あいつから電話があったんだ。華麗の館から盗まれたグノームの聖剣ってやつの行き先を探って欲しいって頼まれた。その時シャルルに家賃のことを知ってるかって聞いたんだ。そしたらほんの礼だって言ってたよ。良かったな、実家に迷惑をかけたわけじゃなくてさ。それでお前が電話をくれた日はそいつの後を付けてオレ、空港まで行ってたんだ」

シャルルから電話があったなんて少し意外だった。アデュウは永遠の別れの時に使う言葉だと和矢から聞いた時、シャルルとはもう二度と会うことができないんだって思って寂しかった。
あたし達三人の関係は終わってしまったんだ、そう思った。
だけどそうじゃなかった。終わったのはあたしとシャルルの関係だけなんだ。
色々あったけど、シャルルと和矢が無二の親友であることに変わりはないんだ。そもそも二人が友情を壊したのだってお互いのことを思い合ってしたことなんだもの。

「そうだったのね」

あたしはそれ以上、言葉が出なかった。
二人の関係はこの先もずっと続いていく。現にシャルルは和矢に連絡をしてきている。あたしは一人取り残されたような気持ちになった。
シャルルの言ったというほんの礼という言葉が頭から離れない。シャルルにとってはその程度のことだったんだ。
逃亡生活が始まる前にシャルルは家賃の支払いを済ませてくれてたんだと思い込んでいた。それであたしと一緒に行くことをシャルルが望んでいたんじゃないかって思ってた。
でも単にお礼なら小菅で別れた後、ゆっくりと飛行機の中からでもできたはずだわ。
そっか、ほんのお礼か……。
その瞬間、温かいものがスーッと頬を伝い、ポタッポタッとこたつの布団に吸い込まれて行く。

「あれ?あはは……あたしどうしちゃったんだろう?」

あたしは慌てて頬を拭い、笑顔を作って見せた。その途端、こたつを蹴るように和矢はあたしを抱き寄せた。

「マリナ……」




つづく