沙耶さんは目を輝かせながら胸の前で指を組み合わせ祈るように呟いた。
「一目でいいからシャルル・ドゥ・アルディに会ってみたいわ」
沙耶さんはテレビでシャルルを見てからずっとこんな様子で、すっかりファンになったみたいだった。
あたしは返事に困りながら「会えるといいですね」とだけ答えた。
「マリナちゃんは興味ないの?
あれだけのイケメンでしかも天才医師。加えてフランスの旧公爵家だっていうじゃない。天は二物を与えずって言うけど、いるのね、恵まれた人間って……」
世の中の誰もがシャルルを恵まれた人間だと口にする。その美貌と才能、地位や家柄に目がいくのは当然かもしれない。
でもそのせいでたくさん辛い思いをしてきたのをあたしは間近で見てきた。
孤独を抱えながら、一人去って行く後ろ姿を今も忘れる事は出来ない。
あの時、あたしはシャルルではなく和矢と残ることを選んだ。何よりも誰よりも大切にしてくれたその手を離したのは誰でもないあたしだ。
そんなあたしにシャルルの事を語る資格はない。
「ねぇ、マリナちゃん聞いてる?」
あたしははっと我に返った。
「えっと……ごめんなさい。何でしたっけ?」
「だからシャルル・ドゥ・アルディがこの建物にいるなら会ってみたいって。
もうっ!聞いてなかったの?」
きっとシャルルのことだから一般人とは隔てた場所から出入りしているはずだわ。日本でこれだけ騒がれているなら余計に姿を見せたりはしないと思う。
沙耶さんには悪いけどあたし達がシャルルと会うことはきっとない。
それに正直どんな顔して会えばいいのかあたしには分からない。
会えばきっと話は和矢のことにも及ぶはずだわ。だけど結局、和矢とも別れてしまったなんてあたしには言えない。
その時沙耶さんが腕時計に目をやって慌ててあたしの腕を掴んだ。
「まずいわ!もう集合時間になっちゃう。急がなきゃ。マリナちゃんもう受付は済ませた?」
あたしは首を横に振った。
それは沙耶さんも同じだった。
たしか三階の受付でスタッフ用の名札をもらわないといけないんだった。
あたし達は急いでビルの中央にあるエレベーターに向かった。
二台あるエレベーターのうち一台は行ってしまったばかりだった。もう一台はやっと八階から下りてくるところだ。
「早くっ!早くっ!」
沙耶さんはランプの点いているエレベーターのボタンを何度も押した。
「そんなに押しても変わらないですよ」
あたしはクスッと笑いながら言った。沙耶さんのこういう子供っぽいところが親しみやすくてあたしは好きだった。
五階、四階……各駅停車のようにゆっくりとエレベーターが下りてくる。
三階、二階……扉が開くと同時にあたし達は駆け込む勢いで待っていた。
「ポーン」
到着を知らせる音が聞こえ、扉が開いた瞬間に沙耶さんが小さく声をあげた。
「あっ……」
つづく