「シャルル、お幸せにね」
オレは堪らずにマリナの左腕を掴んだ。
「マリナ……君は今、幸せか?」
オレの問いにマリナは黙り込み、俯いた。再度、同じ質問を繰り返すがマリナは答えようとせずオレの手を振り解こうとする。答えられないのは分かっていた。オレと彼女との報道が日本まで届いているのももちろん知っていた。
「答えろ」
するとマリナは思った通り、幸せだと答え、ポロポロと涙をこぼし始めた。
核心をついた質問を投げかけ、さらに時間という逃げ道を与えなかった場合、人は自分の真意を偽るものだ。
「それならなぜ泣く?」
次にオレは話す速度を落とし、マリナに与えたストレスを取り除くようにそっと問いかける。
和矢と別れ、ずっと一人で生きてきたのだろう。もしマリナが和矢と別れて他の誰かと共に幸せであれば諦めようと思っていた。
だが、報告書にはそのような記載はなかった。それにマリナはさっき寝言でオレの名を呼んだ。あの一言でオレは確信した。マリナはオレを必要としている。それを口に出来ずにいるのはマリナが彼女の存在を知っているからだ。
ならばその枷を外してやればいいだけだ。そう思った瞬間、マリナの口から出たのはオレを拒絶するものだった。
「そんなのあんたには関係ないことでしょ!もう放っておいてちょうだい」
発した言葉の意味が全てではない。
こういった場合は行動と本音が必ずしも一致するとは限らない。特に恋愛における裏腹心理は女性の場合、複雑とされている。
強がるマリナをこれ以上放ってなどおけない。彼女とのことは……。
「プルップルッ……」
その時オレの携帯が鳴り響いた。
「早く出てあげて。あたしもう帰るから!」
いや、帰さない。
このまま君を置いて行くつもりはない。
「オレは君を放って……」
一度は途切れた呼び出し音が再び鳴り響く。掛けてきているのはジルだと分かっていた。もう限界か。会議までの時間が迫っていた。
マリナの心を解きほぐすにはある程度の時間が必要だ。シンポジウムが終わってからゆっくり時間をかけて話をすることにした。今ここで彼女との話をしたところでマリナが冷静に聞けるとは思えない。
名刺の裏に車の特徴とナンバーを書いてマリナに差し出す。
シンポジウムが終われば日本での予定は何もない。ホテルで待つように言い残しオレは病室をあとにした。
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ーパリー(ノエルブラン翌日)
「シャルル、先ほどシンポジウムの議長を務めるヴィオレーヌ教授から参加要請の返答がきました」
執務室に現れたジルの表情が明るい。どうやら話はうまくついたらしい。
オレは精神分析学を専門としてきている。先方が専門外のオレの参加を認めるかどうかは不安でもあった。
「参加条件は二つ。他生物による特殊細胞再生の研究において教授を唯一の共同研究者とすること。又、その成果は全て教授と共有すること」
オレがこの研究で成功した場合の保険というわけか。まったく食えない男だ。
「それで構わない。オレはこの研究に興味はない。それでもう一つの条件は何だ?」
ジルは笑みを浮かべた。
彼女がこの笑みを浮かべる時は何かを企んでいる時だ。
つづく