シンポジウムが開催されるのは午後からだ。オレは早めに会場入りをし、マリナが手伝いをしていると言う出版社主催のイベントフロアに向かった。
エレベーター付近で人集りが出来ているのを横目に通り過ぎようとした時、マリナの姿がちらりと見えた。群がる人々をかき分けるように近づいて行くとエレベーターに右手を引き込まれたまま意識を失いかけているマリナがいた。
「Que faites-vous!」(何をしているんだ!)
感情に突き動かされて無意識に何かをすることなどないオレがとっさにフランス語を口にしていた。
「マリナっっ!」
すぐに駆けつけた救助隊によってマリナは無事に助け出された。出血はしているが何より手指が切断されていなかったことに安堵した。
マリナを抱き上げ、すぐに近くの病院へと向かった。
受付の女性に事情を説明し、国際医師免許を提示する。事務部長と名乗る男に再度身分証を提示した。これでダメなら外務省経由で手配させるつもりでいたが、どうやら必要なさそうだ。ほどなくして事務部長から施設の使用許可が下りた。
「レントゲン室と病室を一つ用意して頂きたい」
診断結果は中手骨基部骨折及び擦過傷。場所が場所だけに指を動かす事ができてしまうのが厄介だ。
簡単には動かせないように包帯で固定した。ベットに横たわるマリナはあの頃よりも少し細っそりとしていた。相変わらず苦労しているのはすぐに理解できた。
なぜそこまでして……。
湧き上がる苛立ちと憤りを覚え、そっとマリナから離れた。
とにかくジルに連絡を入れておくか。何も言わずに出てきたからオレを探しているだろう。
そう思い携帯を取り出した時、パーテーションの向こうからオレを呼ぶ声が聞こえてきた。
「シャルルっ?どこ?!」
彼女の口からオレの名が出たことに懐かしさが込み上げてくる。オレは吸い寄せられるようにマリナの元へと向かった。
辺りを見渡しここが病院であると認識している様子だった。
今のは寝言だったのか?
マリナがオレの夢を見ていたというのか?高ぶる気持ちを抑え、マリナの様子を慎重に観察する。
「目が覚めたか?」
平静であろうとする気持ちが強く、思いの外、口調が厳しくなる。
「あ、うん……」
よそよそしいその態度も気に入らない。
さて、どうするか。
偶然を装いそれとなくマリナに近づくつもりだったが運命に引き寄せられたかのようにオレたちは本当の意味で偶然にも再会した。
ノエルの朝、オレの元に届いた一通の手紙。あの日からオレは未来を掴むために日本へ来たんだ。
「シャルル、あのね、あたし……」
マリナが何か言いかけた瞬間に携帯が鳴り響いた。
画面に目をやる。ジルか。
突然オレが消えて慌てて連絡してきたのだろう。
マリナを待たせて電話に出た。
「オレだ。こちらの用事が済んだらオレもすぐに戻る。あぁ、心配はいらない。テェックインは……」
先に宿泊先へのチェックインを済ませてくるとの連絡だったようだが、チェックインはすでに会場入りする前に済ませてある。
「シャルル、今どこにいるのですか?」
「マリナと病院だ」
電話の向こうでジルが驚いているのがわかった。無理もない。さすがのオレも驚いているところだった。
当初の計画とは違う方向に進んでいるからな。
「マリナさんに何かありましたか?」
シンポジウム開催までの時間が迫ってきている。ジルには手短に用件を伝える。
「事故だが心配はない。病院で待たせてある車でマリナをホテルまで送らせる。君もホテルへ向かってくれ」
シンポジウムが終わるまでジルに付き添いを頼んだ。
病室に戻るとマリナが帰り支度をし始めていた。このまま帰るというのか?
マリナはオレに笑顔を見せるとやけに他人行儀な礼を口にした。
やはりサンタからの贈り物は夢で終わるというのか。
このまま帰すつもりはない。だがマリナはオレの思いとは逆にそそくさと荷物を手にした。その態度に腹がたった。
六年ぶりの再会に期待と不安を抱えているのはオレだけなのか?!
これほど心乱されるのは久しぶりだった。マリナの様子をただ見つめることしかできずにいるとマリナは信じられない言葉を口にした。
「シャルル、お幸せにね」
オレの幸せなど六年前のあの日、あの場所へ置いてきた。愛しているからこそ手放したのだ。
つづく
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みなさん、こんにちは!
文中に出てきたシャルルのとっさに出たフランス語の読み方を参考までに…。
響きを感じてもらおうと思いました。
「ケ フェット ヴ」です。
シャルルのフランス語、聞いて見たいですよね~✨