お屋敷のちょうど裏手にある庭へ続く遊歩道を並んで歩いた。
「お前なんだか元気ないな。腹でも減ってるのか?」
隣で和矢がからかうように言った。
「そんなんじゃないわよ。パリ・プラージュでいろいろ食べたばっかりだもん」
和矢は小さく笑いながら言った。
「そっか……そうだよな。シャルルと一緒にいて食い物に困るわけないか」
シャルルのそばで過ごす毎日は幸せだった。
だけど和矢を出迎えたアルディ家の人達を見ていてあたしはここの人達に歓迎されていない事を改めて感じていた。そんなあたしの気持ちを和矢はなんとなく感じたのかもしれない。
でもこれは和矢にする話ではない。
あたし自身がみんなに認めてもらえるように頑張ればきっといつかみんなだって和矢の時のように接してくれるはずだもの。それに初めっから覚悟の上でここに来たんじゃない。名門のアルディ家に一般人の、しかも東洋人のあたしがいきなり来て受け入れてもらえるわけないもの。そう考えていたら少し気持ちが楽になってきた。
「そう思うでしょ?あたしもちょっと期待していたんだけど全然よ。シャルルが食事の管理をしていてあまり食べさせてくれないのよ。だけど今日はバカンスだからって特別だったみたい」
途端に和矢はぷっと吹き出した。
「アイツの事だから徹底してやりそうだな。でもその割にはマリナ、昔のチビだった頃とあまり変わらないな」
「チビじゃないわよ。パリに来てから少しだけど身長が伸びたんだから」
あの頃のような二人の時間が流れる。時間を忘れて話しているうちに風が変わってきたことに気付いた。照りつける太陽が疲れたように日差しが和らいできた。
「そろそろシャルルも帰ってくるよな。オレ達も戻ろうか?」
和矢は来た道を辿るように歩き出す。あたしも後を追うように歩き出した。石畳が敷き詰められ、辺りには手入れが行き届いた草木が植えられている。
すると和矢が道を外れ一本の木に歩み寄る。あたしはどうしたんだろうと思いながらついて行った。
和矢は大きな白い木の前で立ち止まった。この白い木はあたしでも名前を知っているシラカバの木だ。
「どうかしたの?」
和矢は幹を眺め何かを見つけたみたいだった。
「あった!ほら、ここ」
和矢の指差した場所をよく見てみると何かで擦ったような傷跡が二つある。
「何これ?」
あたしが尋ねると和矢はあたしを振り返って言った。
「子供の頃、ここでアイツと背比べした時の跡なんだ。上がオレで下のがアイツの。懐かしいな。まだ残ってたんだ」
そう言って傷跡をなぞるように和矢はそっと触れた。それはちょうどあたしの胸の辺りの高さで小さな頃から二人が共に過ごしていた事を想像させるものだった。
そんな二人の関係を壊してしまったのはあたしだった。
「シャルルが何て言うか分からないけどやっぱりこのままじゃ終わりたくない。
オレずっとアイツとの事ちゃんとしたいって思ってた。あの時約束したろ?いつか必ず取り戻しに行くって」
そう、和矢は別れる時にいつかシャルルとの事をちゃんとしに行くって話してた。時間は掛かるかも知れないけど必ず行くって。だからその日までシャルルには何も言わないでほしいって言われていた。
「アイツ頑固だからさ。オレが来るって分かってたら変に構えそうだろ?だから急襲しようと思ってたんだけどまさかセーヌ川で再会するとは思わなかったよ。けどあんな事でもなかったら自然に話せなかったかもしれないけどさ」
和矢の言葉を聞いてあたしはずっと心に引っかかっていた物がすとんと落ちていくような気持ちになっていた。
「じゃ戻ろうか」
そう言って歩き出そうとした和矢の動きが一瞬止まったかと思ったら真剣な顔で
あたしをじっと見つめた。
「マリナ、動かないで」
「え?」
和矢は片手であたしの肩をぎゅっと掴んで動けないようにすると反対の手を伸ばしてきた。
突然の事に身動き出来ずにあたしはただされるがままになっていた。
つづく