「どうして……?」
日本を発つのは明日の朝だって手紙には書いてあった。それなのにどうしてシャルルは行ってしまったの?
急に仕事が入って帰らなきゃいけなくなったのかもしれない。そうだとすればシャルルのことだからフロントに伝言ぐらい残していくはずだわ。
だけどメモ一つなかった。つまりシャルルはあたしに何も言わずに帰ろうとしているんだ。
その時あたしはハッとした。
違うわ。あたしに何も言わないで行くって言うよりは特に言う必要もないとシャルルは判断したんだ。たぶんあの時、シャルルはあたしと高瀬さんが一緒にいるところを見ていてそう思ったんだ。
あたしの幸せを見届けたらすぐ帰るつもりだったと書いてあった事を思い出した。
あたしは再び駆け出した。
ホテルの人の話だとシャルルがここを出てからまだそんなに経ってないはずよ。急げばまだ間に合うかもしれない。あたしはホテルを出て外に止まっていたタクシーに乗りこんだ。
「どちらまでですか?」
そう言って振り返った運転手さんとあたしは同時に声をあげた。
「あっ!」「あっ!」
「また飯田橋までかい?」
それはさっきのおじさんだった。
あたしは助手席のシートの背もたれを掴んで身を乗り出すようにして言った。
「急いで羽田までお願いします」
おじさんはドアを閉めると車を走らせながらあたしに話しかけてきた。
「何時の飛行機に乗るんだい?」
「あたしが乗るんじゃなくて、大切な人がパリに行ってしまうの。だからその前にどうしても話がしたいの」
おじさんはバックミラーごしにあたしに視線を向けながら絶対に会わせてあげるからまずは携帯で出発時刻を調べるように言った。
だけどあたしはこんな便利な世の中になってるっていうのに未だに携帯を持っていなかった。これじゃ調べたくても調べようがない。
「おじさん、だめ。あたし携帯持ってないのよ」
するとおじさんは助手席に手を伸ばして自分の携帯を取るとあたしに貸してくれた。
「これで調べてごらん」
おじさんの優しさに胸がじーんとした。
さっそく羽田発パリ行きで検索してみると画面が切り替わり時刻表がずらっと表示された。
羽田から出るのは朝の七時と昼の十二時、あとは深夜の十二時の三便があった。
「おじさん!十二時発だわ。間に合いそう?」
おじさんはチラッと時計に目をやり渋い顔をした。
「ここからだと三十分ぐらいだからギリギリってところかな。でも大丈夫。どうにか間に合わせるよ」
おじさんはアクセスを踏み込み、車はエンジンを鳴り響かせて一路羽田へと向かって走り出した。
どうかお願い……間に合って。
今シャルルに会えなかったらあたしは一生後悔すると思う。
夜の闇の中で煌々と光を放つひときわ大きな建物が見えてきた。
時計を見ると十一時四十分。タイムリミットまであと残り二十分。
空港の入り口の前で車を止めるとおじさんは高瀬さんから預かった中から料金はもらうから今回の支払いは要らないというありがたい言葉とその人に絶対に会ってくるんだよと励ましの言葉をくれた。あたしは何度もありがとうを言って車を降りた。
さっき調べたから三階が出発ロビーなのは分かっている。自動ドアをこじ開けるようにあたしは空港内へと入った。
思ったよりも広くてどこから三階に行くのかよく分からない。案内板を見ながら何とかエレベーターで三階に向かった。
こんな時間でも結構人がいてみんな大きなキャリーを持って列に並んだり、イスに座ったりあたしみたいにキョロキョロしてるひと達で賑わっていた。
パリ行きの搭乗口はどこ?
たしか受付して、荷物預けて、搭乗口するんだったわよね?
もしかしてもうシャルルは飛行機に乗っているかもしれないと今さらながら気付いた。だって国際線て三十分前から搭乗できるんだもの。もうとっくに手続きを済ませているかもしれない。
その時場内アナウンスが聞こえてきた。
「AF269便羽田発パリ行……」
アナウンスが鳴り響く中、あたしは焦って辺りを見渡しカウンターに駆け寄った。時間がないっ!
「あの、パリ行きの便に乗る人を見送りに来たんだけど、どこに、どこに行けば会えますかっっ?」
受付のお姉さんに飛びつきそうな勢いであたしが尋ねると
「十二時ちょうどのパリ行きの便をご利用のお客様ですと、搭乗手続きを済ませてすでに機内にいらっしゃると思いますのでこちらにはもういらっしゃらないかと思います」
間に合わなかった……。
やっとここまで来たのにシャルルに会えない悲しみを抑えることが出来ずにその場にしゃがみこんだ。
つづく