動物病院には予めアルディ家よりシャルルの到着時刻を伝えてあったため待つ事もなくティナを診てもらう事ができた。
「アルディ博士、お待ちしておりました。当院へわざわざお越し頂けるとは恐縮です。さあこちらへ。」
アルディ家からの往診依頼を受けた事もこの病院では宣伝活動としてすでに活用されていた。
医療関係に携わるシャルルが利用してるとなればここの知名度と信頼性は計り知れないものとなりこの医院に返ってくるわけね。
入り口には広い待合スペースがあった。
あちらこちらにオーガスタやウンベラータなどの観葉植物が配置されていて落ち着いた雰囲気を漂わせている。
長い廊下を案内されて一番奥の部屋へと通された。ここは小さな応接間があり、奥が診察室になっていた。
「さっそくレントゲンを撮りますのでこちらでお待ち下さい。」
ティナの診察が終わるのを私達はしばらく待っていた。
ソファに並んで座っていたシャルルに向き直りながら私は言った。
「あの先生とっても優しそうな人ね。
ティナの主治医が良さそうな人で安心したわ。」
シャルルの冷たい視線が突き刺さる。
うわっ、ちょっと褒めただけじゃない。
シャルルの組んだ足の上に置いた手指が小刻みに時を刻み出す。
「レントゲン撮影だけならすぐに終わるはずだ。動物相手だと簡単にはいかないのか…。」
シャルルは思ったより時間を取られて苛立ちを隠せない様子だった。
しばらくして診察が終わりティナが助手の人に連れられて来た。
獣医からの説明はシャルルにお任せする事にして私はしゃがむとティナを《よしよし》してあげた。気持ち良さそうに撫でられているティナが可愛くてたまらなかった。
獣医との話が終わり玄関に向かって歩きながらシャルルがティナの事を話してくれた。
「簡単に言うとティナはやはり軽度の気管虚脱だった。オレもレントゲンを見たが手術の必要はないだろう。
念のため薬を処方してもらった。もう平気だろう。」
私はティナを抱きしめる手に力が入った。大した事なくて本当に良かったわ。
「シャルル今日は一緒に来てくれてありがとう。あんたが居てくれて本当に良かった。」
そう言って玄関まで行くと自動ドアが開いて男の人がちょうど入ってくるところだった。
私は思わず言葉を飲み、その場で固まってしまった。
「マルク…っ?」
マルクがマックスを抱きながら入ってきたの。
「マリナじゃないか。君もここに来ているんだね。」
マルクは親しげに話をしてきた。隣には明らかにマルクを嫌がるシャルルが私を見る。
「何だコイツは?」
シャルルが冷ややかな視線をマルクに向けながら私に尋ねてくる。そんな事とは知らずにマルクはさらに話をしてくる。
「君も久しぶりだね。ティナは元気?」
軽々しく声を掛けられたシャルルは嫌悪感を露わにした。
「オレは君、呼ばわりされる覚えはない。」
シャルルの態度に驚いている。そうよね、マルクはミシェルだと勘違いしているんだわ。それにしてもなんてタイミングが悪いんだろう。この前の電話の事がバレる前にさっさと帰らなきゃ大変っ!
「シャルル、この人はマルク。ティナの双子のもう一匹を買っていった人よ。」
紹介したもののシャルルは何も反応がなくて怖いわ。いきなり話しかけられた上にミシェルと間違えられた事を怒っているんだわ。
「マルク、この人はシャルル。この前一緒にいたのは弟のミシェルなの。
だから、ごめんね。それでマックスはどうかしたの?」
マルクはシャルルを食い入るように見つめている。別人だとは思えないって顔をしている。見た目じゃ私だって区別がつかないほど似てるから仕方ないわ。
私が尋ねるとマルクは首を振って応えた。
「今日は予防接種に来ただけだよ。そっちは、またティナ…」
「あーっ!マルクっ…私達、帰るところなの。ちょっと急いでるからまたね。」
私は慌ててマルクの言葉を遮った。
シャルルをチラッと横目で見たけど私とマルクの会話は聞いてなかったようだった。
帰りの車の中でシャルルは何も聞いてこなかった。マルクとはペットショップで知り合ったのは話したし電話した事まではさすがに分からないわよね。
シートに深々と座りシャルルはどこかに電話をかけ始めた。時折、深刻な顔をしながらシャルルは話している。フランス語だから私には分からないけど何かあったのかしら?
電話を切るとシャルルは切なげな瞳で一瞬、私を見つめた。
「オレは今日はこのまま戻らない予定だから君はティナと部屋で休むといい。」
さっきの瞳はなんだったんだろう?気になったけどシャルルは窓の外を見ていて私は何となく話しかける事が出来なかった。
お屋敷に着くと私とティナを降ろしてシャルルはそのまま出掛けていってしまった。
つづく