「サラ、ちょっと聞いてよ。」
ベットメイクに来たサラを呼び止めた。
一カ月ほど前、世話係の女性が結婚を機に辞めてしまってからは彼女が私の身の回りのお世話をしてくれるようになったの。
年は22才で私の2つ上。背はスラリと高く大人しそうな雰囲気の女性なの。艶やかなストレートの金髪は後ろで1つにまとめられ、彼女が誠実に仕事に向き合っている事が分かる。
年も近く、私はそんなサラを友達のように思い始めていた。
話を聞いてくれたり一緒に笑ったり、シャルルとの事も話すようになっていた。
いつの間にか彼女が部屋に来る事が私の楽しみになっていた。
「マリナ様、どうかされましたか?」
彼女は優しく微笑み手を休めて私に向き直った。
「次の休みは出掛けようって約束していたのに仕事が入ったからまた今度って言うのよ。凄く楽しみにしていたのに!」
私は膨れっ面をしてみせた。
勝手に出歩く事が許されない私はシャルルとのお出かけが唯一の楽しみだっていうのを分かってないのよ。
「シャルル様もお忙しい方ですものね。
仕方がないですよ。次は必ず素敵な休日になりますよ。
もし宜しければ、その日は私の家に遊びにいらっしゃいませんか?
お茶をしながら女同士おしゃべりして…」
そう言うとサラはハッとしたように口元を慌てて手で覆った。
「使用人の私がマリナ様をお誘いするなんて…。申し訳ありません。つい…」
サラは慌てた様子で頭を下げる。一瞬サラを凄く身近に感じて私は嬉しかった。
パリに来てから友達と呼べる人はごく僅かだった。
私はサラが好きだったしマリナ様って柄でもない。何よりも誘ってくれた事が嬉しかった。
「ぜひお邪魔させてもらうわ。サラの家はどの辺なの?1人暮らし?それともご両親と一緒?」
サラは電車で通っているらしくアルディ家から40分ほど行ったところに妹と2人でアパルトマンを借りて暮らしていると教えてくれた。
こうして私はサラの家に遊びに行くことに決めたの。シェフに頼んで美味しいケーキを準備してもらおう。
それからおやつも持っていこう。
モラモヤしていた心がまるで晴れ渡っていくようだった。
「だめだ。」
シャルルの帰りを待って今日の事を話したけど答えはこれだった。
シャルルは書斎に向かうと机の上に置いてある書類に目を通していく。
私は黙っていられなくてシャルルに向かって抗議した。
「どうしてダメなのよ?!
理由はなに?約束を破ったのはシャルルじゃない!それをサラが穴埋めしてくれようって言ってくれてるのよ。」
書類から視線を上げて私を真っ直ぐに見つめるシャルルの瞳はとても冷ややかだった。
「理由?主従関係にある人間が私的に関わる事は避けるべきだからだ。
決してその関係を発展させるべきじゃない。君が辛くなるはずだ。」
シャルルの言ってる意味が私は分からなかった。メイドとは友達になれないって言うの?友達になっちゃいけないってこと?
そんなのおかしいわよ!
仕事中に遊ぶわけじゃないのよ。シャルルは小さい頃からメイドは身の回りの事をする人、使用人として見てきたからわからないんだわ。
「サラは使用人たけどもう私の友達よ。
シャルルに私の交友関係にまで口出ししてもらいたくないわ。」
「サラは使用人だ。キミと友人関係にはなれないんだよ。」
「もうっいいわよっ!シャルルのばかっ!」
私はシャルルが止めるのも聞かずに部屋を出た。
「マリナっっ…!おいっ、待てっ」
バタンッ…!扉は音を立てて閉まりシャルルの声は聞こえなくなった。
シャルルが追いかけてくるかなって少し思ったけど扉が開く事はなかった。
何よ、使用人は友人になれないって。
サラはとってもいい子よ。使用人だとしても中には気が合う人だっているかもしれないじゃない。
それを頭ごなしに否定するなんて心が狭いわよ。
私は自分の部屋に戻って遅くなるまでシャルルを待ってみた。
シャルルが考え直して部屋に来るかもしれないって少し期待していたの。
だけど結局シャルルが謝りに来ることはなかった。
約束の日はシャルルに内緒で行こう。車で行くつもりだしお茶して帰ってくるだけだもの。 遅くならなければ大丈夫よね…そんな事を考えながら私は眠った。
つづく