愛はそこにある…je crois 10
「マリナさん、取引しませんか?」
すれ違う瞬間にこんな風に話しかけられたのよ、何かと思うじゃない!
驚くのよっ!
クレールと名乗ったこの人は何者?
親族会議長補佐って事はルパート大佐の部下ってこと?
「あんた、私に何の話?
まさか大佐に言われて来たのっ?!」
「大佐の命令ではありません。
私は特別補佐官です。命令系統について明かすことはできません。
シャルルを失脚させたくなければ私について来て下さい。」
「ちょっと、それどういうことなの?」
「人目につきますので、こちらへ。」
クレールは先に歩き出した。
これって、あの取引の事でアルディ家も動き出しているってこと?
近くの部屋へと私を案内すると自分も隠れるようにして中へと入った。
「マリナさん、クレアシオン=レガリアの事はご存知ですね?
アルディ家の家宝の中でも貴重な品の一つです。
流出させてから最近になりやっと見つかったのです。それを何度も交渉を重ねて、取引までようやく漕ぎつけたのです。
しかしシャルルによって取引延期の要請が先方へ出され、先ほど延期については拒否するとの返答が参りました。
これによって取引は決裂で終わる事になると思われます。
このままでは取引は不成立となります。この一連の動きはアルディ一族への背信行為と見なされシャルルの当主のポストは奪われる事になるかもしれません。
しかしシャルルは一族の誇りです。
彼を失うことは一族にとっても大きな損失になります。
そこで私は秘密裏にあなたと取引をするために参りました。」
私は胸のざわめきをおぼえる。
何、この感じ…。
胸に手を充てた。
言い知れぬ不安…。
血の流れが乱れ、指先がジンジンする感覚。
再び、頬を伝う涙…。
「シャルルは延期したから大丈夫って言ったわ。パリに帰ってきたら取り戻すってさっき言ってたのよ。」
「きっとあなたのためでしょう。
マリナさんが負担に思わないようにと考えたのではないですか。」
そんな…。
「取引を優先させれば響谷氏はおそらく助からないでしょう。
となれば、シャルルは取引には行かずに日本へ向かうはずです。」
そういう事だったんだ…。
シャルルは延期したと嘘をついていたんだ。私が日本行きを反対するって思ったのね。そりゃそうよ!
当主としての責任を取らなきゃ行けないならなおさら頼めないわよ。
やっぱり止めなきゃ!
「私もう一度シャルルを説得に行ってくる。」
「おそらく何度行っても同じでしょう。
シャルルは一度自分が決めた事を変えるような方ではありません。
それに一度は救った命です。
どんな事情があるにせよ…です。
考えてみて下さい。
ご友人は二度までも彼を失う事になるかもしれないのですよ。
それはとても残酷なことです。
一度失った温もりをその手に取り戻す事が出来た喜びを味わわせておきながら、何もせず再び奪い去るような事は避けたいとシャルルは考えたのでしょう。」
そうだ…。私たちが兄上の面会に行った時にはすでに刑が執行されていた。
薫はあの時に亡くなった兄上と対面している。もし今また兄上が助からなければ、薫は…。
愛する人の死を二度も経験しなければならないんだわ。
それは私が薫を救いたくて願った事への報いなのかもしれない。
私は惨いことをしてしまったんだ…。
涙がとめどもなく流れる。
「マリナさん、泣く事以外にもあなたには出来る事があります。」
つづく