ミシェルは私に仕事の説明をすると立ち上がり私に近づいて来た。
「兄上様に内密でこの館へメイドとしてくるなんて君は変わってるな。
仕事なんかしなくたって兄上様の婚約者だったら何でも手に入るだろうに。オレも君に興味が湧いてきたよ。」
私の顎に手をかけ天使のようなカーブを描いた頬を傾けてきた。
私はうっとりして動けないでいると、いやっ、間違った!驚いて動けないでいると、くくっと笑って
「冗談だよ。君にキスをしたら確実にマルグリット島に強制送還だよ。いや、華麗の館で拷問かもな…。」
それ、笑えないわよっ!やめてよっ!見た目が一緒だから咄嗟にドキドキしてしまったじゃない。私をからかうんじゃないっ!
扉がノックされミシェルが「入れ」と言うとジョエルさんが姿を見せた。
「マリナに詳しい説明をしてやってくれ。仕事は明後日からでいい。それまでに花と茶の知識を詰め込んでくれ。きっと彼女は無知だからな。」
私はジョエルさんと部屋を後にして応接室へと案内された。中へ入るとカーラさんが待っていた。
別邸内の生花、正面玄関と各フロアあわせて全部で7つ。毎朝、庭から必要な分を取り寄せ飾りつける事。
お茶はミシェルの執務室へ行って準備するとの説明を受けた。2つとも明後日までにどうにか詰め込むようだった。
そして3日間、別邸へ通って午前中はカーラさんにお花の飾り方や季節に合わせた花選びを叩き込まれ、紅茶の入れ方、種類など教わり、午後はジョエルさんにアルディの歴史について詰め込まれた…。もう頭を使いすぎて脳がとけて流れ出しそうだった。
3日間の詰め込む作業が終わり、私は控え室と言うか、あの要人の部屋のような控え室のソファでグッタリとしていた。いよいよ明日からだと思うと緊張するなぁ。でも頑張らなきゃ!と手で拳を握り胸の前で「よぉーしっっ!」と気合いを入れた時に「あっ……!」と大声を出してしまった。
だって私の左手首にキラリと…光る…。
ブレスレット付けてきちゃったー!!
慌ててジョエルさんに事情を話して、さよならを言うと本邸へと走って帰った。
正面玄関を抜けると真っ先にジルの執務室へと向かう。焦る気持ちを抑えながらコンコンとノックをする。
ジルは仕事を中断して私の話を聞いてくれた。けれどジルは慌てる様子もなく落ち着いていた。
「マリナさん安心して下さい。本日のシャルルの予定は夕方まで全く息つく暇もありません。GPSを確認する時間は恐らくないと思います。」そう言って微笑んでくれる。私は一安心し、ジルにお礼を言って部屋を後にした。
さすがにシャルルだってGPSの発信をずっと見てるわけじゃないものね。
そんな事を考えながら部屋に戻った。
私はマリナさんが扉を閉めたのを確認する。
急いで机の上のPCを操作し始める。
シャルルがPC越しに私たちのやり取りを確認していたためであった。
私はすぐに先程のやり取りの補足をする為にPCに向かって報告をする。
ーーマリナさんにはGPSの件は問題ないと言ってあります。まだシャルルは気付いていない事にしてありますーー
「了解した」
とだけ言うと回線が切断された。