「荒んでいるな」
テーブルの上にチラッと目をやるとルパートは白い封筒をオレに差し出した。
「何だ?」
「ラグノス達が騒ぎ出してる」
ラグノスというのはルパートの兄。つまりオレの叔父で親族会副議長だ。
封筒の中には数枚の写真。
取り出した瞬間、ルパートが何を言いに来たのかは想像できた。
「庶民というだけでもこちらは譲歩していたが、お手付きとあらば、もうあの話は白紙にしろと」
「ずいぶんとタイミング良く撮ったな」
オレは写真を突き返した。
「ラグノスとマルクに接点はない。諦めてこの中から選ぶんだな」
そういうとルパートは胸ポケットから一枚の紙を取り出し、オレの前に広げて見せた。
そこには3人の写真と名前、家柄と年齢が一覧で並んでいた。
「冗談」
オレはその紙を払った。
「親族会議で勝手に決めてもいいのか?」
「結婚はしないと言ったはずだ」
「お前は直系を絶やすことは許されない。だからあの女でもいいと我々は渋々認めたんだ。こうなった以上、お前に選択肢はない。今秋に婚約、春には結婚してもらうことになった」
「何か急ぐ理由でもできたか?」
「ラグノス達も暇なのだろう」
「そんなことでか?」
探り合いの中で自嘲的にルパートが笑った。
「ラグノスは保守的な人間だ。再びミシェルを利用しようとする輩が現れたらまずいと考えているのだろう」
「マルグリット島から出られるとでも?」
「何が起こるかはわからないからな」
視線がぶつかり、心理的攻防が続いた。
ミシェルの名を出して来たのはルパートのただの牽制だろう。
だが、マリナのことでオレが結婚を考え直したこの機会を逃すまいとした親族会の動きが活発になったのは明らかだ。
あわよくばマリナではない、良家との縁談を考えたのだろう。
「ミシェルが来たらまた勝利すれば良いだけだ。用はそれだけか?なら帰ってくれないか」
「まぁ、目を通しておくことだな」
そういうとルパートは手にしていたリストをテーブルに置き、チラッと腕時計を見た。
「残り1分4秒。本人にはお前が呼んでいたと伝えてある。最後に思い出でも作ればいい」
「どういう意味だ?」
「マルクより先にあの女を抱いて、さっぱり忘れろという意味だ」
言葉よりも先にオレの拳がルパートの左頬を掠めた。
「私と渡り合えると思っているのか?」
「なら、試してみるか?!」
再び拳を固めた瞬間、背後でノック音が響き渡った。
「入れ」
オレが言うより先にルパートは平然と答えるとオレからさっと離れた。
カチャっとドアが開き、オレ達を見てマリナがぺこっと頭を下げた。
「あの、こんばんは」
その隙にルパートはオレの肩を軽く叩き、
「せっかくだ」
小さくそう言うと踵を返し、逃げるように部屋を出て行った。
「あの……」
出て行くルパートを睨みながら、ドアの前で戸惑っているマリナに声をかけた。
「入っておいで」
「話の途中みたいだったけど、来るのが早すぎた?」
マリナは振り返り、出て行ったルパートを気にする素振りを見せた。
「大丈夫。ちょうど済んだところだ」
「それなら良かった。ところで話って?」
ルパートの思惑を悟られないようにオレは当たり障りのない話をした。
「だいぶ屋敷を開けていたから君の様子が気になっただけだよ」
マリナがチラッとテーブルに目をやった。
「そう……。特に変わりはないわ」
そうは言ってるが明らかにマリナの様子はおかしい。
やはりマルクのことで何かあるのか。
「それなら良かった。もう遅いから部屋まで送るよ」
このまま二人で居たら食堂に行かずに私室で夕食を取った意味がなくなる。
早々に切り上げようとオレは帰ることを促した。
「そう……。あたしなら大丈夫。一人で戻れるわ」
歩き出すマリナの背中を慌てて追いかけた。
「そうはいかないよ」
屋敷の中だ。
何かあるわけではないが、一人で帰らせるような真似はしたくない。
たとえ今のマリナがオレを忘れているとしてもオレにとって大切な存在なのは変わらない。
「どうして?」
振り返ったマリナは今にも泣き出しそうな顔でオレを見た。
つづく