きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛のかけらを掴むまで 1


ぼんやりと窓の外を眺めていた。どこまでも続く白い雲は、まるでふわふわの絨毯のようだった。
機内アナウンスが流れる頃には、雲の切れ間から遠くに大地が見えてきた。 
胸の鼓動が騒がしく、あたしは落ち着かない気持ちのままシートベルトに手を伸ばした。
12時間ものフライトにも関わらずあたしは一睡もすることができなかった。
こんなことは初めてだった。
入国手続きを終えると急足であたしは空港の正面口に向かった。
いくつもある掲示板の中からE12と書かれた案内を見つけ、それを目指した。


「お久しぶりです、マリナさん」


すぐに会えるか心配だったけど、あたしを見つけるとジルはすぐに駆け寄って来た。


「久しぶりね、ジル。それでシャルルはどうなの?」


再会の挨拶もそこそこに聞くと、ジルは辺りに目をやって声をひそめた。


「ここでは誰が聞いているかわからないので詳しいことは車で話します」


たしかに空港の雑然とした中でも一際目を引くジルに振り返る人も多かった。中には立ち止まってスマホを向けてくる人までいた。


「その方がいいみたいね」


渋滞を避けるように車は大通りから一つ入った道を進んでいく。
歴史のある古い建物も多く、ゆっくり見ていたいところだけど今はそれどころじゃない。


「それでシャルルが頭を撃たれたって、本当にもう大丈夫なの?」


「一時はとても危険な状態でしたが、ウィーン大学の天才脳外科医のザイラー博士の手術によって、今ではすっかり元の生活を送っています。それで私達も安堵していた矢先にあることがきっかけで、シャルルの記憶の一部が抜け落ちていることが発覚したのです」


それであたしに協力してほしいとジルから電話をもらったのは二日前のことだった。


「あることって?」


「お屋敷の尖塔部分に希少庫という部屋があります。簡単にいうと趣味の部屋といったところでしょうか。これまでの当主が個人的に収集した物が納められています。中には世界的にもとても希少だと言われている物もあります。そこへ入るための鍵、スティープルキーが無くなってしまってたのです」


つまり鍵がなくて困ってるけど、シャルルはそれをすっかり忘れちゃってるってこと?


「それであたしに一緒に鍵を探してほしいってこと?」


「そういうことにはなるのですが、」


何ともジルがはっきりと答えないまま車はアルディ家に到着した。


「とりあえず中へ入りましょう」


車を降りたあたしはお屋敷を見上げた。
懐かしさと共に胸が少しだけギュッとした。
この半年間あたしはここへ来るために少しずつお金を貯めていた。
シャルルと別れたことを後悔していたからだ。和矢と過ごすうちにあたしは自分の選択が間違っていたと知った。
遊びに行った帰り際、和矢があたしの肩をそっと引き寄せ、顔を近づけてきた瞬間、シャルルの顔が浮かんできてあたしはそれを拒んでしまった。
和矢は困ったような顔で笑った。


「ごめん」


和矢の黒い瞳に切ない光が走った。


「びっくりしちゃって、あたしこそ、ごめん」


気まずい空気が二人の間を通り抜けていく。すると和矢は何かを吹っ切るかのようにあたしをまっすぐに見た。


「シャルルのこと、思い出したんだろ?」


言い当てられてあたしは焦った。


「ちがうわ」


否定するしかなかった。


「だったら、キスしてもいい?」


和矢はあたしの肩を強く掴んだ。次は逃さないとでも言っているかのようだった。
頬を傾けて和矢が顔を近づけてきた。
唇が触れたと思った次の瞬間、和矢は首を左右に振ると強引に舌を滑り込ませてきた。その荒々しさに驚いたあたしは和矢から離れようともがいた。
けれど和矢はあたしを離そうとせず、さらに深く口づけてきた。
和矢がこんな風に無理やりキスをするなんて信じられなかった。
何よりもあんなに好きだった和矢のキスがこんなにも苦しいなんて。
100万回のキスにドキドキしていたあたしはもうどこにもいないんだ。
和矢がふっと唇を離した。


「シャルルのキスとどっちが良かった?」


その瞬間、あたしの手は和矢の頬を打っていた。


「シャルルはこんな風に無理やりしたりしな……」


そこまで言ってからあたしはシャルルにも同じようにされたことを思い出した。
お屋敷の地下道を逃げている途中、和矢と別れてすぐのことだった。
あの時はシャルルに怒って来た道を帰ろうとしたんだった。
あの時はまだあたしは和矢が好きだった。
それなのに今は、あの時のシャルルに対して感じた怒りを和矢に抱いている自分がいた。


「俺たち終わりにしよう。あの時に終わらせるべきだったんだ。シャルルと行かせたらどうなるかなんて、わかってたことなのにな。俺はマリナが好きだ。だからここで別れよう。幸せになれよ」


そういうと和矢は背を向けたまま、大きく手を振り、一度も振り返ることなく行ってしまった。
あたしは引き止めることもできず、その背中をただ見つめることしかできなかった。
和矢にひどいことをしてしまった。
それからあたしは自分の気持ちと向き合い、パリに行こうと決めた。
シャルルに会いに行こうと決めた矢先にジルから電話をもらった。
そして今、あたしはここに立っている。

 

 


つづく