あの口ぶりだと、どうやら本当に高久とは何もないようだ。
ホッとする反面、男を部屋に上げ、ましてや一緒に暮らすなど一体何を考えているのかと腹立たしかった。
少し手荒ではあったが、あれぐらいしないと、きっとマリナはわからない。
一度経験した恐怖は心に刻まれ、教訓となるはずだ。とはいえオレ自身のダメージも大きかった。マリナの涙を目にした瞬間、胸を抉られるような痛みが走った。
一度仕切り直すため、オレは空港へ向かうことにした。
帰り際、マリナに呼び止められたが、期待していた言葉ではなかった。
それもそうか。
オレが散りばめた言葉の罠に囚われたのだからな。
**
「娘達への土産は買えたか?」
ジルは手にしていた二つの袋をオレに見せた。
「ええ、この通り。それでマリナさんの様子はいかがでしたか?」
泣かせたと言ったら何を言われるか想像がつくから黙っておいた。
「君たちは先に帰っててくれ。オレはもう少し残ることにする」
「難攻不落ですか?シャルルにもできないことがあったのですね」
「あまりからかってくれるなジル。慎重に進めたいだけだ」
あの時のようにマリナの気持ちが一時の感情ではないと見極める必要がある。
好きだと言えばそれで済む問題ではない。
「では、私はシャルルのスケジュールをこなしていればいいですか?」
すべて言わずともジルはわきまえていてくれる。
「悪いが頼む。明後日には戻る。先日断った未解決事件のファイルに目を通してやると旦那に伝えておいてくれ。君の娘達にも何か考えておこう」
「そんな気を使わなくてもいいのに」
「日頃の感謝の気持ちだ」
「では私からも一つ、お願いがあります」
ジルがオレに望みを口にするなど初めてのことだ。
「何だ?」
「今度マリナさんとアルディ邸の庭でブュッフェランチをしたいですわ」
ジルはそう言うと優しく微笑んだ。
「マリナ次第でもあるが、シェフには伝えておこう」
**
ジル達と別れたオレはマンションへ向かった。そろそろマリナも着いている頃か。
ポケットに忍ばせていた二つの鍵を手に取った。一つは赤いリボンの付いたアパートの鍵だ。
まったく合鍵を渡すなんてマリナは何を考えていたんだ。思い出すだけで腹立たしさが蘇ってきた。
再びポケットに突っ込み、もう一つの鍵を眺めた。マリナがこの先もここで暮らすにしてもセキュリティはしっかりしてる物をと考えた。
マンションに着いた頃には日もすっかり暮れていた。部屋を見上げると灯りがついていた。
地図だけでちゃんと来れるか、少し心配したが無事に辿り着けたようでホッとした。
チャイムを鳴らすか迷ったが、スペアキーで入ることにした。決して高久へ対抗心があったわけではないと言い訳をしている自分が滑稽になった。
何年経とうとマリナのこととなると、オレは平静ではいられなくなるようだ。
玄関を入ると中は静まり返っていた。
寝ているのか?
リビングに足を踏み入れた途端、マリナが声をあげて飛び出して来た。
不審者が入って来たと思って驚かせようとしたのか。
原始的な作戦に苦笑いしつつ、声をかけるとマリナは狐に摘まれたような顔でオレを見た。
つづく