きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の彼方へ 11

医務室って言うぐらいだからあたしは保健室のすごいやつかと思ってたんだけど、医療用の機械が置かれている以外は普通の部屋とあまり変わりなかった。

「オレは隣の部屋にいる。何かあったらこのボタンを押すんだよ。そしたらすぐ来るから」


シャルルに手渡されたのは卵型をした防犯ブザーのようなものだった。
ストラップになっていて首から下げられるようになっている。
何だか小学生になった気分だわ。


「うん」


シャルルが隣の部屋に行くのを見届けて、あたしはソファにどかっと座った。
他人行儀に振る舞うのってすごく疲れるわ。夕食の時なんてテーブルを挟んでシャルルと向かい合って食べなきゃいけなくて何を聞かれるのかとドキドキだったわ。
しかもシャルルは何も食べずにあたしが食べる姿をただ見ているだけ。たまに体調のことを聞かれたり、明日やるっていう検査の説明をしてくれるだけで終わって助かったわ。
今夜はここで過ごすとして明日からはどうなるんだろう。大丈夫そうだから和矢と同じ部屋に、ってなっちゃうかな。
頭を抱えたい気持ちでいるとノック音がした。


「入ってもいいかい?」


シャルルだった。
あたしはだらっとしていた姿勢を正した。


「はい」


ゆっくりとドアが開き、入ってきたシャルルの姿にドキッとした。
なんと白衣を服の上から羽織って現れた。
何かと思って見ていると、


「さっき話していた患者の様子をちょっと見て来るから、君はここにいて。何かあったらそれ、鳴らして」


シャルルはあたしが首から下げている卵型のブザーのような物を指差した。


「わかったわ」


薫の所に行くんだ。
部屋の場所がどこだかわからなかったけど、シャルルの後をこっそりと付いていけばわかるんじゃない?
シャルルが部屋を出て行った後、あたしはそっとドアを開けて顔だけ出して左右を確認した。
シャルルが廊下の先を右に曲がったのが見えた。足音を立てないように後を追った。
廊下の角まで行って、辺りの様子を伺った。よし、誰もいないわ。
奥の階段を上って行くシャルルが見えた。
ここが二階だから隠し部屋は三階?
シャルルの姿がギリギリ見えなくなるまで待ってあたしも階段を慎重に上がった。
どっちに行ったのかしら?
壁にぴったりと張り付いて顔を少しだけ出してシャルルの姿を探す。
廊下を左の方に歩いて行くシャルルを見つけて一旦顔を引っ込め、息をつく。
ふぅ……緊張するわ。
まるで探偵だわ。
呼吸を整えて再びシャルルが角を曲がるのを見届けて後を追いかける。部屋はいくつかあるけどシャルルはどれも素通りして行く。まだ先なのかしら?あんまり歩き回ると戻れなくなりそうで不安だわ。
曲がり角で一旦止まり、シャルルの姿をまた確認すると、一番奥にある部屋へとちょうど入って行く所だった。
あそこに薫はいるんだ。
記憶をたどってあたしは来た道を戻った。
そこまで複雑じゃなくてよかった。
辺りを見渡し、誰もいないことを確認して素早く医務室に入った。
それから10分と経たずにシャルルは戻ってきた。


「何もなかったかい?」


「うん、大丈夫」


あたしは何食わぬ顔で答えた。


「明日は検査があるから今日はもう寝た方がいい。おやすみ、マリナ」


「おやすみなさい」


シャルルとおやすみを言い合える日が来るなんて思ってもいなかった。
和矢にはいつ話そう……。
そのことが気になってあたしはベットに入ってからもなかなか寝付けなかった。

 


翌日は午前中のうちにシャルルに連れられてあたしは病理研究所で検査を受けた。
結果は何でもなかった。
シャルルは念のためだと言ってたけど、そもそも過換気を起こしたのは一度だけ。
むしろ何も異常はないのにどうして二度も?とシャルルが疑うんじゃないかって方があたしは心配だった。
体のことって検査をしたからって全部がわかるわけじゃないからシャルルもそこまで気にしてないみたいで良かったわ。
お屋敷に戻ってもあたしは医務室で過ごすようにと言われた。


「和矢にも話したが、今日いっぱいはここで様子を見させてもらうよ。明日からはゲストルームで好きに過ごしてくれて構わない。ここには居たいだけいるといい」


そうしてシャルルは当たり前のように隣の部屋に消えて行った。
当主の仕事はしなくていいのかしら?
順番待ちもあたし達が来た時点で200を越えていたけど。
でも下手なことを言って記憶が戻ったことがばれても困ると思ってあたしは黙ったまま部屋で大人しくしていた。
午後になって外には出ないことを条件にお屋敷の中を好きに見て回ってきたらどうかとシャルルから提案された。
何か記憶の手がかりになると良いとシャルルは考えたんだと思う。
その時あたしはチャンスだと思った。
薫と兄上の様子を一目だけでもいいからこの目で見たい。


「何かあったらそれ、鳴らして。すぐに行くから」


「わかったわ」


シャルルに見送られて医務室を出た。
あたしは真っ直ぐに特別室へと向かった。昼間だから思った以上に人が多くて、特別室に近づくにつれて、誰かとすれ違うたびにここから先は立ち入り禁止だからと止められやしないかとドキドキしながら階段を上った。
だけど廊下はシーンと静まり返り、誰もいなかった。
そもそもシャルルがここへは誰も来ないように言っているのかもしれない。だとしたら見つかったら大変だわ。
急いで部屋の前まで行き、そっとドアノブに手をかけてみた。
これで鍵がかかってたら終わりだわ。
だけどドアはカチャっと音を立ててゆっくりと開いた。
よし、鍵はかかってない。
後ろを気にしながらあたしはお尻から体を滑り込ませるように部屋へ入った。
そして振り返った瞬間、目の前の光景に息をするのも忘れて、固まってしまった。

 


つづく