きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の彼方へ 9

二人がベットに近づいて来る気配を感じてあたしはそっと目を開けた。寝たふりなんてしてたらすぐにシャルルに見抜かれそうだわ。


「目が覚めたようだね。どこか痛む?」


さっきまでの激しい言い争いを感じさせない優しいシャルルの瞳にあたしは胸が詰まる思いがした。


「大丈夫、よ」


ぎこちなく答えた。


「それでも倒れるなんて心配だからね。念のためにあとで詳しく検査させてもらうよ」


「うん」


シャルルは頭痛の原因を調べようとしてくれてるんだわ。先生には後遺症はないって言われたけどやっぱり何かあるのかな。


「一つ確認しておきたいんだが、倒れる直前に何か無理に思い出そうとしたりした?」


あたしはコクリと頷いた。
言い当てられて少し驚いた。


「そうか」


シャルルには何か心当たりがあるのか小さく頷くとあたしの頭にそっと手を当てた。


「君の頭部はダメージを負ったんだ。無理に思い出そうとしてここに負担をかけるのはあまり良くないな。君は今の君のままでもいいんだよ」


どこまでもシャルルはあたしを肯定してくれる。あたしはやっぱりシャルルが好き。
思わず口から出そうになるのを堪えた。
和矢とちゃんと話すまでは、まだ言えない。
だから記憶が戻ったことも悟られないようにしないといけない。
シャルルは和矢に向き直った。


「そういうことだ、和矢。やはり無理は禁物だ。詳しく検査してみないとはっきりしたことは言えないが、おそらく記憶を呼び起こす際に脳内の神経細胞が活性化して、情報伝達の接触構造であるシナプスの、特に出力する側のシナプス前細胞に異常電流が流れ込んでるのが原因だと思う。記憶が戻れば自然とこういった症状もなくなると思うが、それまではのんびり待つしかない」


「マリナ、俺がそばについててやればよかったのにごめんな。不安そうにしてたのはこういうことがあるかもしれないからだって俺、気づかなかった」


それは違うの、とは言えなかった。
単に男の人と同室なことに困惑しただけだった。
でも和矢の本心を知ってしまった今、あたしはなんて答えたらいいのか迷い、黙ったまま首を横に振った。
誤解が重なっていく罪をあたしはどうすることもできずに、ただ不安だけが膨らんでいく。
いつ別れ話をしたらいいのか、わからなくなってきた。
シャルルに激しく嫉妬しながらもあたしをここへ連れてきてくれた和矢の気持ちを考えると、別れたいとは言い出しにくかった。
突然現れた絵梨花の存在にもあたしは何も感じなかった。和矢はあたしが怒って帰ったって言ってたけど、そんなんじゃない。
あの日、逃げずにちゃんと話せばよかった。そしたらこんなことにはならなかったんだ。
でもそんなことを今さら後悔したって遅い。あたしは記憶を失くしていたとはいえ、和矢に甘えすぎた。
こんなに優しくしてくれている和矢と別れて、手のひらを返したようにシャルルの胸に飛び込むことなんてできない。


「今夜は寝ずにちゃんとマリナの面倒を見てやってくれよ」


からかうように言ったシャルルの言葉があたしの胸に突き刺さった。
そうよね……シャルルはあたし達が恋人だと思っているんだもの。急に倒れたりするあたしを一人にするより、和矢と一緒の方がいいと思うのは当然だわ。
だけど軽口を言ったシャルルの瞳は全然笑ってなくて、むしろ苦しみを隠すように影を落としていた。
そうだわ。
シャルルはこういう人だ。
自分の内にどんな苦しみを抱えてでもあたしのことを一番に考えてくれる人だった。
きっとシャルルはあたし達が同じ部屋で過ごすことなんて本当は望んでなんかいないんだ。
それはあたしも同じなのにどうすることもできない。
シャルルに誤解されたくない。
ふと、整えられた真っ新な隣のベットに目を向けた。
きっと和矢はこのベットも使わず、向こうのソファで寝るって言い出すと思う。
あたしが何も思い出していないのにそういう関係になるなんて絶対にしない人だもの。それでもシャルルはどう思うだろう。
シャルルが何を思って部屋で一人眠るのかって想像するだけであたしは切なくなった。
あんな目をするぐらいだもん。
シャルルにそんな思いはさせたくない。
あたしは懸命にこの状況をどうにかできないかと考えてあることを思いついた。

 

 


つづく