きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の彼方へ 1

夏の気配を残す秋の風はじっとりとしていて少し汗ばむくらいだった。 
駅までは歩いて数十分。
手をかざして見上げた空には眩しいほどの太陽がぎらぎらしていた。
今日は和矢の夏休み最後の週末。
後期の授業が始まればまた忙しくなるからと家に遊びに行くことになっている。
小菅でお互いの思いを確認し、付き合い始めたのは去年の暮れのこと。それから半年、あたし達は順調に愛を育んでいくはずだった……。
それができなかったのはあたしがあることに気づいてしまったから。
何度も命の危険を感じながら逃亡劇を繰り返していた中で、何よりもあたしを守り、自分の命さえも顧みずに注がれたシャルルの愛が忘れられず、日を追うごとにその記憶は鮮明になっていった。
あたしはシャルルが忘れられないでいる自分に気づいてしまった。
そして今日、初めて和矢の家に呼ばれた。
何となくそういう雰囲気を感じたこともあったけど、ずっとはぐらかし続けて今日まできた。
だけど和矢は今夜、あたしと結ばれようと考えているんだと思う。もう誤魔化しきれない。だから本当の気持ちを伝えなきゃいけないと思っている。
シャルルを忘れられないでいることをちゃんと和矢に話そう。そう思いながらあたしは電車に揺られ、和矢の待つ家へと向かった。


***


駅からバスに乗り、緑芝公園前の停留所からまっすぐ南に向かって歩いていくと閑静な住宅街に入った。通りから一本入り、三軒目が和矢の家。来るのは初めてだったけどすぐに見つけることができた。
レンガ調の白い洋館がそれだった。
立派な門扉は植物をイメージしたロートアイアンでとても洒落ている。
すぐ傍にあるインターフォンを鳴らすと年配の女性が応対してくれた。


「お待ちしてました。どうぞお入りください」


きっとこの人が家政婦の島田さんだわ。
和矢のお父さんは仕事で日本を離れている事が多いから島田さんが和矢の身の回りの世話をしてくれてるって前に聞いたことがある。
門を開けて一歩足を踏み入れるとそこには洋風のタイルが曲線を描きながら玄関へと続いていた。周りに敷かれた芝生は手入れが行き届いていて青々としている。
数メートルの距離を歩いて行くと玄関ドアを開けて和矢が出迎えてくれた。


「迷わなかったか?」


「乗り場がいくつもあってどのバスかちょっと探したけどあとは大丈夫だったわ」


「やっぱりな。だから駅まで迎えに行くって言ったのにお前がいいって言うから」


ふてくされたように和矢が言った。


「でもちゃんと来られたでしょ?」


和矢と会うのは今日が最後。だから一人で来るのは少し不安だったけど、甘えたり頼ったりしたくなかった。


「お前も少しは成長したってことだな」


眩しそうに目を細めてあたしを見つめる和矢の黒い瞳はとても澄んでいて、あたしは居た堪れない気持ちになって話を変えた。


「さっきの人が島田さん?」


「ああ、お前が来るのを楽しみにしてたみたいだぜ。朝からケーキやらパイを焼いて今か今かと落ち着かない様子だったよ」


それを聞いてあたしは自分の中に鉛のようなものが体の中に溜まっていくような感じがした。


「どうした?」


心配そうに和矢があたしを覗きこんだ。


「ううん、何でもない」


「そっか。んじゃ、上がって」


このままじゃだめだ。
早めに話さないと言い出せなくなる。
そう思いながらあたしは重い足取りで和矢の後について部屋に上がらせてもらった。


「その辺、適当に座ってて。俺、ちょっと飲み物取ってくる。ジュースでいい?」


「うん」


お構いなく……というお決まりの台詞は言わなかった。
これから話す内容を考えるだけで緊張してくる。実際、喉はカラカラだった。
初めて見た和矢の部屋はテレビボードやサイドテーブル、ベットなどがモノトーンで統一されていてとてもシンプルだった。
壁には外国のサッカー選手のポスターが貼られていて、いかにも男の子の部屋って感じがした。
目に止まったのはサイドボードに飾られていた数十枚ものCD。
近づいて見たけど、あたしはこういう系には疎くてどれも知らないアーティストの名前ばかりだった。
和矢って音楽が好きだったんだ。
あたし、そんなことも知らなかったな。
その時、いきなり部屋の窓がガバっと空いたの。


「ぎゃーー!」


あたしは驚きのあまり悲鳴をあげた。
だって和矢の部屋は2階よ!
なんで2階の窓がいきなり開くのよ!
すると窓枠を跨いで一人の女が「よいしょ」となんと部屋に入ってきた。
そして女はあたしを見るなり、


「あんた誰?」


そこへ勢いよく部屋のドアが開いて和矢が戻ってきた。


「マリナ、どうした?!」


あたしの悲鳴を聞きつけて和矢が駆けつけてくれた。


「……って、おい絵梨花、お前」


梨花と呼ばれた女は眉間に皺を寄せてるとあたしを指差して言った。


「和矢この女、誰よ?」

 


つづく