オレ達の部屋はいわゆるツインルームによくあるベット配置とは異なる。監視目的とはいえ二人の男が並んで眠ることを憐れに思ったのだろう。
オレたちは毎晩、互いに足を向けて眠る。
そして今も入眠までのわずかな時間をベットで過ごしてた。レンはクッションを背に当ててヘッドボードに寄りかかる姿勢で読書をしている。
「そろそろ寝ますか?」
レンが声をかけてきた。
部屋の灯りを気にしているのだ。
「まだいい」
毎晩こうしてレンは本を読むのが習慣だ。そして……。
「でも明日もあります。そろそろ寝ましょう。少しお待ち下さい」
そういってレンはベットから出て行く。キッチンへミネラルウォーターを取りに行くのもいつものことだ。
この部屋にはカメラがある。だからオレはこのタイミングを待っていた。
レンの後を追い、キッチン奥の洗面所に向かう。ドアは開けたまま、足で壁を蹴って派手な音を立てた。
そのままオレは壁にもたれかかり腕組みをしてレンが来るのを待った。
「ミシェル様っっ?!どうかされましたか?!」
慌てて駆けつけたレンは待ち構えていたオレを見て状況がわからないって顔をした。
「今の音は一体……?」
「お前をここへ呼ぶためにわざとやった」
「なぜ、そんな真似を?」
「向こうにはカメラがあるからな。いいかよく聞け。これをオレの代わりに渡して来てほしいんだ」
ポケットから封書を取り出し、レンにも宛名がわかるように見せた。
「しかし私が突然伺っても相手にされるはずがありません。郵送ではだめなのですか?」
「今夜中に渡したい。無理だというなら仕方ないオレが自分で行ってくる」
「あなたは一人で部屋から出た時点でアウトです。行動制限されているのをお忘れですか?シャルル様の元へたどり着く前に警備に止められます」
「その時は強行突破するまでだ」
レンは大きく息をはいた。
「それは私が困ります。あなたに無茶をさせるわけにはいきません」
「そう言ってくれると信じていた。これをまずポールに渡すんだ。直接シャルルに渡すのは無理だろうからな」
レンは諦めの表情を見せた。
「相手がミシェル様では敵いませんね。すべて計算済みということですか。わかりました。ポールに渡せばいいのですね」
レンに白い封書を託し、オレは部屋でレンが戻るのを待った。
***
新年を迎えて一段と寒くなったような気がする。弱に設定したコタツでゴロゴロと過ごしていると電話が鳴り響いた。
「はい、もしもし」
「オレだけど、元気にしてるか?」
数ヶ月ぶりに聞く和矢の声だった。
あと少しで付き合い始めて一年がたとうという所であたし達はお別れをした。
去年の秋に話題となったアルディ家当主が来年早々に婚約発表をするというニュースが世界中に流れた。
あたしはそのニュースを和矢の部屋でぼんやりと見ているうちに涙が止まらなくなった。
違う世界で生きてるシャルルをすごく遠くに感じてあたしは急に不安になった。
和矢を選んだのはあたしだ。だけどこのニュースを見た時、ずっと気づかないふりをしていた本当の自分の思いを知ってしまった。
あたし、間違えたんだ。
和矢への申し訳なさとシャルルへの届かない想いを前にあたしは立ち尽くした。
「いつかこんな日が来るんじゃないかって思ってた。だからその時は潔く引くって決めてた。それにしてもニュースにまでなるなんてシャルルって本当すごいな」
泣いているあたしを覗き込むように和矢は笑顔をくれる。
「なぁ、オレたち終わりにしよう。お前はパリに行ってきっちりさせて来い」
その時にもらった航空チケットはまだテーブルの上に置いたままだった。
きっちりって言ってもシャルルは婚約するんだし、今さら……と今日まであたしはグズグズしていた。
「明日10時に羽田国際線ターミナルまで来い。シャルルに迎えに来るように言ってあるから、じゃあな」
えっ?えっ?!
和矢は言いたいことだけ言って電話を切ってしまった。
ちょっとどういうこと?!
つづく