きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は記憶の彼方へ 5

 

行ってみたいとは思ったけどあたしはすぐに「うん」とは言えなかった。
彼には何か迷いがあるように見えたし、きっとそこは海外なんだと思う。
お金のこともあるし。


「でも、あたしパスポートを持っているのかもわからないし、飛行機代とか宿泊代とか、その……」


友達とは言っても男の人と旅行に行くには戸惑いもあって、簡単に行きたいとは言えなかった。


「マリナはパスポートは持ってるはずだよ。飛行機代は俺のマイルがあるから心配いらない。俺、よくフランスに行くからポイントがかなり貯まってるんだ。向こうでの宿泊代もたぶん、うん……心配ないと思う。あっちに知り合いがいるんだ。泊めてもらえると思う」


迷いを断ち切るかのように彼はあたしの背中を押してくれた。
ここまで言われて断るのも悪いし、それに正直、行ってみたいと思っていた。
なにか忘れてしまった記憶の欠片がそこにあるような気がした。


「それならお願いしようかな」


「じゃあ、退院して色々落ち着いたら一緒に行こう」


***


退院してから一週間が経ち、あたしの体調に問題がないことを確認してあたし達はフランスへと向かった。
入国手続きを済ませてタクシーに二人で乗り込んだ。普通に運転手にフランス語で話す彼を見てあたしは少し驚いた。


「黒須さんはフランス語が話せるんだね」


「俺、日仏のハーフで子供の頃、こっちで暮らしてたこともあるんだ」


彼は戸惑ったように答えると窓の外に視線を向けた。
きっとこれも本当はあたしも知ってることなんだ。彼とのこうした何気ない会話をするたびに彼を傷つけてしまっているのを感じてあたしは次第に負い目を感じるようになっていた。
無言のあたし達を乗せてタクシーは美しい街並みを走り続ける。
しばらくすると車が大きく右に曲がり、目の前にはあたしが夢で見たまんまの大きな建物が見えてきた。


「あっ……」


青色の尖塔が特徴的な白い建物。まるでどこかのお城のようなとても美しい建物を目の前にあたしは思わず声を上げた。
美術館か何かかしら?
でもどこか懐かしい感じがした。


「何か思い出したか?」


あたしは首を横に振った。
感動しただけで思い出せたわけじゃなかった。


「ごめん、わざわざ連れてきてもらったのに」


彼はあたしの髪をくしゃっと撫でると優しく言った。


「いいから気にすんなって。俺も久しぶりに来たかったし、用事ができてちょうど良かったとこだから」


そういうと彼は少し寂しそうな優しい笑顔を見せた。
そんな彼の優しさにあたしは胸が熱くなった。彼と居ると心地よさを感じている自分がいた。
記憶があった頃のあたし、もしかして彼のことが好きだったのかもしれない。
そんなことを考えているうちに車は大きな門をくぐり、建物の前でゆっくりと止まった。彼に促されてあたしは自分でドアを開けて外に出た。
日本と違ってフランスでは自分で開けたり閉めたりするらしく、あたしはこの時自分がこういう日本の慣習は覚えているんだと改めて思った。
忘れているのは本当に自分の思い出の部分で子供の頃からの全てがそっくり抜け落ちているみたい。


「じゃ、行こうか」


そういうと彼は迷わず建物の入り口に向かって歩き出した。
中に入ると彼は真っ直ぐにサービスカウンターみたいな場所に向かった。
ここから先は申請書を書いて順番を待たなきゃいけないらしい。
番号札を渡された彼が戻ってきて、その数字を見てため息をついた。


「嘘だろ?269番ってどれだけ待たせてるんだ?」


「そんなに待つの?」


あたしは驚いて辺りを見た。
でもそんなに大勢が待っている感じはしなかった。


「さすがに待ってられないから俺、ちょっと行ってくるからここで待ってて」


「うん」


何の順番待ちなのかはよくわからなかったけど、あたしは頷いた。
しばらくして彼が戻ってきた。


「全然ダメだ。話を聞いてももらえなかったよ。参ったな。とりあえずその辺歩いて回ろうか?」


言われるままにあたしは彼のあとに付いて歩き出した。一階は同じような部屋がずらっと並んでいてそれぞれの部屋に何十人もの人が飲み物を飲んだり、本を読んだり、ゲームをしたりしていた。
ここで順番を待つみたいだわ。
美術館とも少し違うようだけど、きっとあたしはここに来たことがあるんだ。
廊下を歩いていくと右手に綺麗な中庭がガラス越しに見えた。


「よし、居るみたいだな」


彼は中庭の向こうに視線を向けてそう呟いた。

 

 

 


つづく