今日はマリナを連れてマンションの内見に行く予定だ。そろそろ呼んでおいたハイヤーが来る頃だが、マリナがなかなか部屋から出てこない。それほど準備に時間をかけるタイプではないはずなんだが、久々の外出に浮かれて、着ていく服でも悩んでいるのか。
たしかに日本へ来てから一度もマリナを外へ連れ出していない。アルディ家もオレ達が日本へ来ていることぐらい把握しているはずだ。何かあってからでは遅い。
なにせ手段を選ばない一族だからな。
かと言ってこのままでいるつもりもなかったため、一つ動いてみたのだが。
リビングの横のドレスルームをノックしてみたが返事はない。
一通りの着替えや身の回りのものを用意させてあるのだが、選ぶのに夢中で聞こえていないのか?
もう一度ノックをしてみたが、やはり返事はない。
ふと嫌な予感がして慌ててドアを開けた。するとマリナはぼんやりとドレッサーの前に座っていた。
「マリナ?」
声を掛けるとマリナはハッとわれに返って慌てて立ち上がった。
「あ、ごめん。もう行く時間?あはは、何か、ぼーっとしちゃってたわ。ねぇ、服はこれでどうかな?高級マンションを見に行く時って、何を着て行ったらいいのかよくわかんなくて、あれこれ選んでるうちにすごく疲れちゃった」
人は隠し事をする際、多弁になるとよくいうが、今のマリナがまさにそれだろう。
心の中をオレに悟られまいと必死に隠そうと不自然に口数が増えている。
やはりオレがアルディを出たことを気にして、あれこれと考え込んでいたのだろう。
この状態がいつまで続くかはわからないが、いずれアルディ家からコンタクトがあるはずだ。
日本へ来たのはいわばオレの賭けだ。
ここ数日はマリナの安全を確保しつつ、アルディの動向を探っている。
ジャクリーンを当主代理にしたのも、いくつか理由がある。父のすぐ下の弟である彼は、その立場にありながら一族の中の誰よりも優柔不断で決断力に欠けている。
アルディ家の事業は多岐にわたる。その全てを把握し、正しく判断するには圧倒的に能力が足りない。
叔父の体制ではそう長くは持たない。そのうち痺れを切らして向こうから譲歩してくるはずだ。
その時が交渉のチャンスだ。
オレはアルディに戻る条件としてマリナとの結婚を口にすればいいだけだ。
「とても素敵だ。さぁ、行こうか」
ハイヤーでマンションへ向かう。
エントランスで名を告げると、すぐにコンシェルジュが姿を見せた。
「アルディ様、ようこそお越し下さいました。では、さっそく私、平田がお部屋へご案内致します」
このマンションのエントランス脇にはコンシェルジュが常駐し、マルセルも所属しているSUPのメンバー、特殊警備員が各フロアに二人ずつ配置されている。ここを選んだ理由の一つがこのセキュリティの万全さだ。すぐ横のペントハウス専用エレベーターで部屋まで直通で行けるのもいい。
「解錠は先日登録して頂いたように虹彩認証でございます。のちほどお連れ様も登録させて頂きます」
「ご苦労。あとは私達だけで見させてもらおう」
「かしこまりました。それではお帰りの際はエントランスへお立ち寄り下さい」
平田は一礼をし、専用エレベーターではなく階段へと向かって行った。
コンシェルジュだけでは専用エレベーターの利用は許されていないからだ。
「じゃあ、さっそく見ようか」
認証を解除し、マリナを部屋の中へと誘導する。
玄関ホールにはインペリアルダンビーの大理石が敷き詰められ、リビングへと続く廊下は吹き抜けになっていて、広々とした空間が広がっている。
「うわぁ、すごい!」
マリナは吸い込まれるように奥の部屋へと駆け出した。
アルディの屋敷に比べたらかなり狭いが、近未来を意識した空間使いはそれなりに気に入っている。
「ねぇ、ここ、いくつ部屋あるの?!」
はしゃぐマリナを見て少しホッとした。
どうやら気に入ってくれたようだな。
「7つだよ」
「そんなに?!やだ、迷子になりそう」
そうしてマリナは次々と部屋を開けてはため息をついている。
マリナの後を追いながらオレは注文通りの家具か、色使いなのかとチェックをしていく。最後にマリナが開けた部屋はオレ達のベットルームだ。
何度も肌を重ねているというのに固まっているマリナの背後にオレは立った。
「そんなに意識されると襲いたくなる」
すると焦ったマリナがオレから離れようとして足をもつれさせて倒れそうになり、オレは慌ててマリナを抱き止め、そのまま二人でベットに倒れ込んだ。
マリナに覆いかぶさる格好のオレを見上げるマリナがふと視線を外した。
恥じらう姿が愛おしい。
「マリナ……必ず君を幸せにするよ」
思わず掠れる声にオレ自身、自分が興奮していることに気づく。
「シャルル……」
どちらからともなく求めるように唇を寄せた。吐息が交り合う中、突然、玄関チャイムが鳴った。
オレは構わずにマリナの体に唇を寄せていく。すると再びチャイムが鳴った。
「シャルル、待って」
マリナは体を起こして乱れた着衣を戻し始める。
「放っておけばいい」
オレは再びマリナの首筋に唇を寄せた。
「そうはいかないわ。平田さんじゃないの?遅いからきっと様子を見に来たんだわ」
そんなはずはない。
コンシェルジュが客を急かすなんてことあり得ない。
次の瞬間、ポケットからブルブルと振動が伝わってきた。
胸ポケットからスマホを取り出してみると、液晶画面には見覚えのある名前が表示されている。
迷わず電源を切り、スマホをベットの向こうへ放り投げると、再びチャイムが鳴った。
このままチャイムを鳴らされ続けてたらマリナとの時間も台無しだ。
「君はここで待ってて」
放り投げたスマホをひろいあげ、オレは玄関へと向かった。
電源を入れ、着信履歴に連なるその名前をタップした。
つづく