きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

愛は導かれてパッサカリア 1


「一般旅客機では、不測の事態が起きた時に対応し切れない。やはり民間機は避けるべきです」

「だが、他に方法はあるのか?まさかお前の所のラファールを使うわけにもいくまい。はて、どうしたものか」

くだらない冗談につき合うほど私は暇ではない。
そんなことだから長兄ロベールに次ぐ立場にありながら、我がアルディ家での決定権が貴方には何一つないのだ。
せいぜい陸軍中尉のポストで満足していることだな。
ラファールBは我がフランス空軍が誇る第5世代ジェット戦闘機だ。
訓練も受けていない民間人が気軽に乗れるものではない。旅客機の離陸時にかかる重力加速度はおよそ0.3Gだ。それに比べてラファールBは最低でも5Gはかかる。
とてもではないがジーロック、つまり失神してしまう。

「プライベートジェットで行きます」

「それではシャルル君に気づかれてしまうのではないか?」

「その点は問題ないでしょう。エンブラエル社のファノム300Eならずいぶん前からド・ゴール空港に停留させたままです。シャルルに気づかれることなく使用可能です。シャルルは最近、ボンバルディア社のBD700をよく使っているようです。あれは高性能な与圧システムとキャビン内の採光性で群を抜いているからでしょう。もちろんいつでも使えるようにこちらはアルディのエアポートに停留させています」

「わかった。では任せたぞ、ルパート。何としてでも成功させたい」

ジャクリーンは兄弟の中でも特に優柔不断で決断力にかけている。
私たち兄弟は皆、兄ロベールとは差別化されて育てられた。
当然といえば当然だ。
ロベールは本家の長男であり、将来はアルディ家の当主となることが生まれながらに決められている特別な存在だからだ。
血統主義のアルディ家では生まれた順番が
すべてとも言える。
そのいい例がミシェルだ。
相続争いの種になりやすいと考えたロベールによってその存在は隠され、キューバへと送られた。結局のところはひと騒動あったのは事実だが。
本来なら先に生まれたミシェルが長男となるはずだが、我がアルディ家ではフランス共和国憲法よりも家訓が優先される。
そんなアルディ家の中で私は兄達を抑え、親族会議の長となった。
だが、ジャクリーンはいかにアルディの名に守られて生きていくか、それしか考えていないのだろう。
むしろ、ほとんどの親族がそうであるのも事実だがな。
だからこそ、私がアルディを守るのだ。
アルディを繁栄させること、それこそが私の役目なのだ。


***

「お疲れさま。はい、いつもと変わらず大した物は入れてないけど。で、こっちの袋はいつもの貰ったパン」

従業員通用口に立つ警備員の梶さんにポシェットの中身と貰ったパンのチェックをしてもらう。

「そっちはいつものパンね。しかしこんなに小さなバックじゃ、チェックなんて本当はいらないんだろうけど、一応決まりだからすまないな」

梶さんは首に掛けたタオルで額の汗を拭った。

「いいの、いいの。それよりタオル替えた方がいいわよ。その色だとおじさんみたいだから。じゃあ、またね」

梶さんはあたしの少し後に入社してきた20代後半ぐらいの青年。
顔のパーツは悪くないけど、身につけてる物があまり良くない。
首に掛けたタオルは黄ばんでるし、いつも側に置いてある私物の赤いリュックはところどころ破れてて中身が見えちゃっている。もっときちんとすればいいのにといつも思うわ。

「あはは。おじさんか、まいったな。君こそ今日はもう暗いから気をつけて帰るんだよ」

歩き出すあたしの背中に梶さんが声をかける。

「うん、ありがとう」

あたしは振り返り、笑顔で手を振った。

 

ーーたった今、退社しましたーー

 

つづく