サンシュルト教会はパリ市北部、セーヌ川北岸の市内を一望できる小高い丘にある。
クリスマスの時期になると広場へと続く道の両端には多くの出店が立ち並ぶ。
「いい匂いがする。うわぁ、あそこのワッフル美味しそう!ねぇ、向こうにはクレープ屋さんもあるよ。」
はしゃぐ彼女の姿を見ていると懐かしさと僅かな痛みを覚えた。
肩にかかる黒髪を揺らして、あちこちを見てまわる姿はなおさらだ。これから先もきっとこの痛みは変わらないだろう。
「どれがいいんだ?」
声をかけると彼女はワッフル店に並ぶサンプルの一つを指差した。
「これ何?りんご?」
「あぁ、アップルシナモンだな。」
「じゃ、これにしようかな。シャルルさんは?」
不意に名前で呼ばれ、言葉に詰まった。オレをファーストネームで呼ぶ人間は数少ない。今となっては親族以外ではカークぐらいなものだ。かといって屋敷へと招き、ゲストルームまで提供しておきながら、今さら呼称について改めさせるのもおかしな話か。彼女がパリに滞在するのも残り少ない。好きにさせておくか。
「どうかしたの?」
「いや、オレはいい。」
フランス語が話せない彼女に代わり、注文をすませ、ワッフルを手にした彼女と再び歩き出した。しばらく歩くと彼女は満足げにワッフルを頬ばりながら再び声を上げた。
「ねぇ、あれ何?!キャンディ?ずいぶん大きいのね」
彼女は目を輝かせ、店先に並ぶ包みを指差した。目を向ければ赤、緑、黄の包装紙に巻かれ、両端を捻られている塊が見えた。
たしかにあめ玉に見えなくもないが、いくらなんでも大きすぎるだろ。突飛な発想におかしくなる。
「残念ながらあれはフォアグラだよ。フランスではクリスマスディナーには欠かせないからね。」
「なーんだ。」
彼女は拗ねたように唇をとがらせた。
「フォアグラってあたし、グニャっとしててあんまり好きじゃないのよね。」
「物にもよるとは思うが……。それなら今夜のフォアグラ料理はオアにさせよう。オアはガチョウなんだ。食感もしっかりして食べやすいはずだ。おそらく君が食べたのはカナールと言って鴨の方かもしれない。こちらはやや柔らかめだからね。」
「シャルルさんは色々知っているんだね。」
そういうと彼女は感心したようにオレを見上げた。その反応がやけに新鮮に感じた。
知らないことなど何もない。そうやって当たり前に生きてきたが、改めて感心されることは今となってはほとんどない。
誰もがオレに気を使い、腫れ物に触れるかのように接する。
かつての友と彼女を除けばだが、それも過去のことだ。
「フランス人なら誰もが知っていることだ。さてこの先が教会だ。行こう。」
つづく