「ちょっとシャルルどういうこと?ダニエル、あんたもグルだったの?!」
「いえっ、私は何も……」
助手席に座るダニエルはあたしを振り返り困惑しながら否定した。
「今回の件はダニエルには何も話していない。知っていたのはオレと彼らだけだ」
「どうして二人を誘拐したりしたのよ!?アネットがどれだけ怖い思いをしたのか、あたし達がどれだけ心配したかわかってるの?!」
車内にあたしの声が響き渡る。だけどシャルルは悪びれる風もなくあたしの顎に触れ、自分の方へと向かせるとグッと顔を寄せてきた。
「君が悪いんだ」
ぎらりと好戦的な光を浮かべた青灰色の瞳があたしを捉えた。
「な、なんであたしが悪いのよ!?」
あたしは後ずさりしてシャルルとの距離を確保しつつ、反撃に出た。
「オレがプレゼントしたペンでミシェルを引き止めようなどとするからだ」
そしてあえなくあたしは撃沈。シャルルは距離を詰めるようにあたしへと近づいた。
「たしかにそうだけど、でもだからって誘拐事件を起こすなんていくらなんでもやり過ぎなんじゃ……」
あたしが痛いところを突かれて次第に尻すぼみになっていくとシャルルは追い風に乗ったようにあたしを追いつめ始めた。
「君を介して知り合った二人がこの屋敷の中で偶然、二人きりの時間を共有したところで何の感情も生まれやしない。ましてや恋愛に発展する可能性などまずない。
なぜなら屋敷の中で顔を合わせ、言葉を交わすこと自体は日常の延長でしかないからだ。ただ知人と会った。
それだけのことだ。
そんな作戦のために君があのペンをダシに使うと知った時、オレはこの計画を立てた。目的は二つ。一つは君にペンを利用したことを後悔させること。もう一つはあの二人の背中を押してやることだった。
アネットが自分の身代わりになったと知り、君も十分反省しただろう。
そして君がアネットとミシェルの仲を取り持とうとミシェルの周りをうろちょろしないためにも早急に手を打つ必要があった。
君の言う通りアネットの気持ちはミシェルにある。あとは二人を極限状態に追い込みミシェルを煽るだけでよかった」
「何よ、その極限状態って」
「極限状態っていうのはいわゆる吊り橋効果と言われているやつだ。身の安全に係わる場所で一緒に過ごした相手には好意を抱きやすい。
これは極限状態を共有した相手に親近感が生まれ、恐怖心が絆を深めるんだ。
思った通りミシェルはアネットに特別な感情を持ち始めたのは確かだ」
シャルルの話っぷりはまるで見てきたかのようだった。それにシャルルの話には気になるところがあった。あたしがあのペンを利用するってわかった時にシャルルは誘拐計画を立てたって言ってたけど、イルカ大作戦をシャルルに話したのは、たしか誘拐事件が起きた後よ。
だってそれでアネットがあたしの身代わりに連れていかれたんじゃないかって話になったんだもの。
つまりシャルルはあたしがイルカ大作戦の話をするよりも前に誘拐を計画していた。
ううん、むしろ実行していたってことになる。あたしがそれを話すとシャルルは不敵な笑みを浮かべた。
「君にしては鋭いな。何てことはない。話が前後したのはあのペンにマイクが内蔵されていてこれで音がひろえるんだ。君の図書室での独り言もミシェル達の会話も全てね」
そう言ってシャルルは自分の耳を指差した。それは誘拐事件が起こった時からずっとシャルルが耳に入れている小さな電話だった。
「あんたそれって!」
シャルルは小さく頷く。
「オレが開発した盗聴機能付ヘッドセットだ。君に渡したペンから受信した音声はすべてこれで聞けるってわけさ」
「ってことはあのペンは……」
「そう、オレの愛の結晶だ」
つづく