きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

春風よ君に届け11

ぼんやりとした視界には見慣れない天井と不安げな顔をしたアネットの姿があった。

「ミシェルさん大丈夫ですか?」

自分が捕らわれの身でありながらベットに寝かされていることに少し驚いた。
まったくアルディ家当主はこんな時まで手厚い待遇を受けるのか。
乾いた笑いが零れる。
片肘をついて体を起こすと、頭痛と軽いめまいを覚えた。親指と人差し指で目頭を強めに押さえる。

「あぁ、問題ない」

血中濃度が下がるまではこのままか。点滴ができればすぐに改善するがこの状況ではまず無理だな。
辺りを見渡すが見覚えのない部屋だということしかわからない。
広さは約三十平方メートルほどの小さな部屋で窓はない。
ここは地下か?
置かれている状況を把握するには情報が少なすぎる。
だが手がかりがないわけではない。オレより体の小さな彼女が先に覚醒したとは考えにくい。

「君は眠らされなかったのか?」

「はい」

やはりそうか。
だがなぜオレだけを眠らせたんだ?

「おおよそで構わない。車に乗っていた時間はわかるか?一時間か?それとも二時間か?」

「そんなには乗っていませんでした。たぶん三十分ほどだったと思います」

アルディ家から二十五キロ圏内、まだパリ市内ということか。
ここが地下室だとすればアパルトマンである可能性はない。
なぜなら賃貸物件に地下建築は不向きだ。窓もない部屋をわざわざ借りるような人間はまずいない。
つまりここはどこかのビル、あるいは個人の邸宅ということになる。

「ここは何階建てのどんな建物だった?近くに目立つ物はなかったか?」

「二階建てでした。外観はまるで美術館のようで、たぶん中世ヨーロッパ建築の物だと思います。建物も中庭も見事なシンメトリーでした。周辺にはこれといって目立つものはなかったと思います」

アネットとはマリナを介して数回、話したことがある程度だったので特に何の印象もなかったが、彼女の的確な答えはオレを十分に満足させるものだった。
ここはどこかの屋敷の地下室か。
中世ヨーロッパ建築といえばロマネスク様式かゴシック様式だが、パリ市内にはいくつも古い様式の建物がある。
パリには築百年のアパルトマンはざらにあるが、中世となるとやはりアパルトマンの可能性はない。
さすがに場所を特定するまでは無理か。せめて外観を見ることができれば……。
ベットから下りてドアに近づいてみる。湿度が高くなる地下に於いても鉄製のドアには錆び一つ見られなかった。古い建物のわりには管理が行き届いているということか。
ドアノブに手をかけてみるが、やはり外から鍵がかけられている。

「あの、私達どうなるんでしょうか?」

オレが思考の中へ入り込んでいると遠慮がちにアネットが声をかけてきた。オレ達が拐われてからかなりの時間が経っているはずだ。
そろそろ何かしらの動きがあっても良さそうなものだが……。
GPS付きの腕時計を外したことが悔やまれた。まさか屋敷内で事件に巻き込まれるとは思いもしなかった。

「安心しろ。奴らの目的が果たされればすぐにでも解放されるだろう。でなければオレを手厚くベットに寝かせたりはしないはずだからな。
だが奴らはオレをシャルルだと思い込んでいる。人違いだとわかった時はどうなるかはわからんがな」

「それであの時……」

オレは頷いた。
皮肉だがオレがあいつとして振る舞っている限りは安全なはずだ。
もちろんアネットも然りだ。

「奴らの前ではオレをシャルルと呼べ。オレも君をマリナと呼ぶ。いいな?」

「は、はい、わかりました」

それにしてもあの僅かな時間でアネットはオレとあいつを見分けていた。これまで彼女とはあまり関わってもないのにだ。
図書室でも名を呼ばれたことはあったが、あそこでマリナに歴史を教えているのがオレだと知っていただけだろうと思っていたが、違うのか?
不安なのだろう。
アネットは握りしめた自分の左手を右手で包むようにして、胸の前で摩り合わせている。
その姿を目にした時、オレは何かに突き動かされるように言葉を発していた。

「安心しろ。何があっても守ってやる」

アネットは振り返り、食い入るようにオレを見つめた。




つづく