きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

忘れられないもの18

高瀬さんの言葉を聞きながらあたしは自分の心を見つめてみた。
そうして自分と向き合ってみて分かった事があった。あたしはシャルルが女の人と一緒にいた事が辛いわけじゃないかもしれない。

あたしは……あたしとシャルルの間に流れてしまった八年という時の流れを思い知らされて辛いんだって分かった。
あの頃、あたしに向けられていたシャルルの優しい眼差しも、心配そうな表情もそしてあたしを愛していると言ってくれたあの言葉ももうずっと昔のことで、シャルルは新たな道を歩き出していた。
あたしを好きだと言ってくれたあの頃のシャルルはもうどこにもいない。
その現実を目の前に突きつけられたようであたしはこんなにも苦しいんだ。

八年も経ってしまった。その事に気付くのが遅すぎたんだと思い知らされた。
だからといってシャルルを忘れる事なんてできない。たとえ高瀬さんと付き合ったとしてもこの気持ちは変わらない。

辛くてもあたしは自分の気持ちに正直でいたい。
高瀬さんの優しさに流されそうな自分を押しとどめて、あたしは高瀬さんの胸から抜け出した。


「勝手なことばかり言ってごめんなさい。あたしはその人を忘れたくないし、たぶん一生忘れられないと思います。高瀬さんの優しさに甘えて自分をごまかす事なんてきっとできないと思います」

もやもやしていた気持ちを高瀬さんに打ち明けて少しだけだけど気持ちが軽くなった。

「そうか。こればっかりは仕方がないね。そんなにもマリナちゃんに愛されてる人が羨ましくなるよ。わかった、僕は諦めるよ。入り口にタクシーを待たせてあるからそれでおかえり。僕はこのまま病院へ行くよ」

高瀬さんはそう言ってあたしの頭をポンポン叩くと「それじゃ」と言って去って行った。
高瀬さんの優しさに少しだけ元気をもらってあたしも歩き出そうと振り返って息を飲んだ。
風に白金の髪を躍らせ、颯爽と歩いていく後ろ姿が見えた。


「シャルルっっ…!」


こんなに走ったのはいつ以来だろうと思えるぐらい縺れそうな足を懸命に前に出しながら追いかけた。
だけどあたしがロビーに着いた時にはもうどこにもシャルルの姿はなかった。
たしかにシャルルはさっき女の人とエレベーターに乗っていったわ。それは間違いない。
なのにどうして居たの?人違い?それはない。シャルルを誰かと見間違えるなんてあり得ない。
あたしはハッとした。
もしかして高瀬さんとの事を見られてた?
フロントに駆け寄ると濡れたあたしの姿を見たホテルマンは怪訝な顔をして、いかにも関わりたくないと言った表情をみせた。


「ここにシャルルが、シャルル・ドゥ・アルディが泊まってるでしょ?お願いっ!何号室か教えてちょうだい。どうしても今、シャルルに言わなきゃいけない事があるのよ」


あたしが捲し立てるように言うとホテルマンは眉ひとつ動かさずに涼しい顔で言った。


「当ホテルでは宿泊されるお客様の情報は一切お教えする事はできません」


マニュアル通りの答えしか帰ってこない。


「じゃあ、池田マリナがフロントに来てるって伝えてちょうだい」


これが最後のチャンスだと思った。
一言だけでいい。
あの時一人で行かせてしまった事を謝りたい。そして今もあなたが好きだって。
手遅れでも何でもそれだけは伝えたい。
だけどホテルマンの対応は変わらなかった。

「申し訳ございまさん。外部からのメッセージは断るようにと伺っておりますので出来かねます」

あたしはもうそれ以上何も言えなくなってしまった。自分の気持ちを伝える事すらできないほどシャルルを遠くに感じた。
濡れた服がホテルの空調のせいでひどく冷たく感じる。
あたしは諦めてホテルをあとにした。




つづく