きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

忘れられないもの11

「あんたねぇ毎回、毎回うちに持ち込んでくるのやめてくれない?
才能ないんだからさぁ。いい加減諦めなよ。こっちも暇じゃないんだからさ。ほら、帰って帰って!
もう二度と来るな!」


突き返された原稿を抱えてあたしはトボトボと編集社を後にした。長い付き合いになる松井さんにもついに見放されてしまった。


夏を思わせる陽射しが容赦なく照りつけまるであたしを追いたてているかのようにギラギラとビルを反射していた。


「あーっ!遅刻しちゃうっっ!」


ぼーっとしてる場合じゃないわよ。
仕事っ!仕事っ!
とにかく働かなきゃご飯が食べられないのよ。二十歳を過ぎたあたしはいつしかマンガよりもバイトで生活をするようになっていた。
原稿を入れた封筒をバックにねじ込んであたしはバイト先へ走り出した。

「ギリギリセーフっ!!なんとか間に合ったわ。」


通用口を通り抜けて警備室の前で名前を記入をした。

「今日はずいぶんギリギリだね。寝坊でもしたのかい?」


気さくに声を掛けてくれるのは警備のおじさん。目尻にいっぱい皺を作りながらいつもの調子であたしをからかうように言った。


「今日はちょっと寄る所があったのよ。もうそこには行くこともなくなっちゃったんだけどね。
あっ、急がなきゃっ!じゃあね。」


中央階段を上って二階の一番奥の部屋の前で一旦立ち止まり、呼吸を整える。


コンコン。


スライド式の扉を開けて中に入ると高瀬さんが椅子をくるりと回して振り向きながら時計にチラリと目を向けた。


「なかなか来ないから今日は忘れちゃったのかと思ってたよ。」


後ろ手で扉を閉めて乱れた髪を手でさっと直した。


「遅くなってすいません。
ここに来る前に編集社に寄ったら遅くなっちゃって…。」


あたしがそう言うと高瀬さんは肘掛けに乗せていた腕に力を入れて立ち上がった。


「それで?マンガの方はどうだった?
忙しくなってあまりこっちに顔を出せないとかだと困るなぁ。ここの子たちもみんなマリナちゃんのレッスンを楽しみにしているからね。」


さっきは松井さんに酷い言われようで追い返されたもんだからこんな風に必要とされてるって思うとあたしは何だか嬉しいような照れくさいような気がした。


「それが全然だめで。もう来るなって言われちゃったんです。
だからもうしばらくお世話になります。ほんとレッスンなんて程のものじゃないし、あたしはただ一緒に遊んでるだけなのに、こっちこそこんな形で働かせて貰っちゃって申し訳ないぐらいです。」

高瀬さんは和矢の高校時代の先輩でお医者さん。二十七歳という若さで今はこの高瀬総合病院の副院長をしているんだけど、いずれはお父さんの後を継いで院長になる人。
高瀬さんは入院している子供たちの楽しみになるような院内教室を開こうと講師を探していたらしいの。ちょうどそんな時に高瀬さんと和矢が偶然再会してその話になったらしい。

「あの時、食うや食わずのマンガ家を一人知ってるけどどうかな?って和矢が言い出して、またその言い草が可笑しくてね。僕も何を始めるか悩んでいたから、それなら子供たちに絵を教えてもらおうって事になったんだよ。
マリナちゃんが来てくれるようになってみんな本当に楽しみにしているんだよ。」


あたしは週に二回ここに通って子供たちに絵の描き方を教えている。と言っても実際はお絵かきしながら一緒に遊んでるだけなんだけどね。
それでも一日のほとんどをベットで過ごさなければならない子供たちにとってはいい気分転換だからって高瀬さんは言っていた。たしかにずっとベットの上じゃ大人だってしんどい。しかもそれが長い間続いているとなれば余計にね。

「絵を描く事は子供たちの創造力を育て、明日への希望に繋がっていくと僕は信じているんだ」


高瀬さんのこの言葉を聞いて、あたしに何ができるか分からないけどとにかくやってみようって決めた。





つづく