「アデリーヌ、すぐに君の処置に入りたい。この病に限った事ではないがあまり時間は置くべきではない。
まずは君の今の状態を把握したい。自覚症状は咳だけか?倦怠感や発熱は?」
アデリーヌにいくつか質問をする。
「咳とそれから血の混じった痰がたまに…。」
血痰か…。
さすがに不安なんだろう。アデリーヌの顔が曇る。
ステージ2へすでに移行しているのか。他臓器への転移がない事を願うばかりだ。
「頼んでおいた病院の資料を見せて。」
アデリーヌは小さく頷くと大きめの封筒をオレに差し出した。
「これよ。」
表にはhopital general de Orleans(オルレアン.総合病院) の印刷の文字と完封の証に封蝋が施されているものだ。
それを受け取りまずは胸部X線写真を明かりにかざして見る。オレは白い影の存在に目を細めた。
X線写真をテーブルの上に置き、他の資料にも一通り目を通した。
この時点では転移がなさそうな事を確認してオレはホッと息をついた。
「私…あの子を残していけないわ。」
オレの様子をじっと見ていたアデリーヌがふと呟いた。
「そんな事はさせない。オレが必ず治ししてやる。」
オレがそういうとアデリーヌは僅かに微笑んでみせた。そして切なげに言葉を続けた。
「シャルル、あなたがとても優秀な医師なのはもちろん知っているわ。でも…肺の腫瘍ってどの臓器よりも治療が難しい上に再発率がとても高いって言われたの。肺は全身の臓器と血液で密接な関係にある為に転移しやすくて完全に治すのは今の医療ではかなり厳しいって…。」
そう言った彼女は瞳を潤ませ、天井を仰いでいた。現実を目の前にして死への恐怖と闘っているんだろう。そしてマリウスとの早すぎる別れを受け入れられずにいるのだ。
アデリーヌの言う医師の言葉はたしかに適確な診断と説明だ。
放射線治療などは一時的に改善は見せるものの再発のリスクは高い。手術と併せて行ったとしても根治は難しい。
そもそも通常細胞の8倍もの吸収率でグルコスを取り込むガン化細胞の増殖スピードが現代医療に勝っているのだから仕方がない。だがそれはあくまでも一般論に過ぎない。
「問題ない。オレは癌成長阻害物質の存在を確認し実用化に向けてすでに準備はしてある。
この阻害物質を君の体内に取り込む事により必ず根治させてみせる。」
アデリーヌの表情がパッと明るくなった。
自らの運命を受け入れるには彼女はまだ若すぎる。いくら願っても救えない命はある。母のように…。
母はオレが成長するのを待たずに逝ってしまった。マリウスに同じ想いはさせたくない。
「本当にっ?!」
「ああ。オレが保証するんだ、心配ない。知ってるだろ?オレは今まで一度も間違ったことはない。ただし片側の肺は摘出するよ。」
「それはそうよね。」
また少しアデリーヌの顔がわずかに曇る。
在るべき物が無くなるのだから不安になるのも仕方がない。だが片側だけでも日常生活に問題はない。
「術後に動脈血酸素飽和度を測定してみないとはっきりとした事は言えないが片側だけでも血液に取り込む酸素量は十分に摂取できる。
病院の手配はしてある。明日検査入院して結果が出たらすぐに手術だ。」
「分かったわ。」
つづく