きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

忘れられないもの6


アデリーヌはどこで手術をするのかを心配していた。やはりパリには行きたくないのだろう。移動時間を考えればオルレアンでするべきだろう。


オレはマリウスから事情を聞いた直後にオルレアン.総合病院に連絡を取ったが院長はオレの申し出に良い返事はしなかった。やはり関係者以外が手術をするのは難しいか。
まわりくどい方法だが仕方ない。オレはサントルヴァル・ド・ロワール地域圏知事に連絡を取り、知事経由でオルレアン市長、そして病院側に再度働きかけた。同時に今回の手術で癌成長阻害物質を使用する旨を病院側に伝えた。
手術の記録及び術後の経過数値データに関する全ての権利を病院側と共有し、新薬認定申請を共同で行う事を提案した。
これによって病院長から第一手術室の使用許可を取り付けた。
当日は現地スタッフと併せて研究所からも数名を呼び寄せチーム編成も完成させてある。



「アルディ先生、僕は母に何もしてあげられません。どうか母をよろしくお願いします。」


全ての検査を終えて手術の準備に入るため第一手術室に向かうオレにマリウスはそう言った。


「君はアデリーヌの為にオレを訪ねてきた。それだけで十分だ。あとはこのオレに任せて成功を祈っているんだ。いいね?」



手術前の検査でアデリーヌの右肺だけでは呼吸器の限界値1秒量1000mlの確保が難しい事が分かった。これでは全摘出後の日常生活に不安が残る。長年の喫煙習慣で肺機能の低下が仇となっているのだろう。さてどうするか。








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アデリーヌの手術は一時間程で無事に終わった。予定していた片側の肺の摘出は避け、腫瘍部周辺だけを取り除いた。分岐レベルで切離し1/3を残した。これにより肺機能の低下を抑えられるだろう。
周辺及び他臓器への転移はやはり見られなかった。胸をなでおろし手術室を後にした。
あとはこのまま癌成長阻害物資の投与を続ければいい。


オレは身支度を整えるとマリウスの元へ向かった。彼は手術室前の長イスに座り、膝の上に肘を立て綺麗な指先を一本ずつ組み合わせて額を押し当てていた。
オレに気付くと小走りで駆け寄ってきた。


「アルディ先生、あの…母は?!」


マリウスは縋るような目でオレを見た。
手術は無事に終わった事と今回、転移がなかった事から再発の心配がない事を伝えるとこれまで気丈に振る舞っていたマリウスが初めて子供らしい笑顔を見せた。


「アルディ先生、本当にありがとうございます!」


オレはマリウスの肩にそっと手を置いた。


「そろそろ麻酔から目を覚ます頃だろう。会って来るといい。」


マリウスの顔がパッと明るくなった。
この子から笑顔が消えずに済んで良かったと駈け出していくマリウスの後ろ姿を見送りながらオレはこの手で救うことが出来なかった母を想っていた。






つづく