きらのブログ

まんが家マリナシリーズの二次創作サイトです。

忘れられないもの5


それにしてもオレが医者だと知りながらなぜ彼女は連絡をして来なかったのか。

「異変を感じた時点でオレに相談してくれたらもっと早く動けたのになぜ連絡して来なかったんだ?
アルディの代表ナンバーぐらい知っているだろう?」



オレがそう言うと彼女はわずかに首をすくませると困ったような顔をしておどけてみせた。

「そうね。あなたに相談しようかって考えなかったわけじゃないけどマリウスの事もあるから…。」

やはりそうか。アルディはマリウスの存在を知らない。だがアデリーヌがオレに接触する事で
マリウスが父の子だと推察される可能性がある。
オレに嫡出子がいない今、オレの次の継承者は父の弟達になるはずだが血筋で言えばマリウスになる可能性もあり得る。婚外子ではあるが父の血を受け継いでいる事に変わりはない。
アルディ家はその存続のためには手段を選ばない。アデリーヌから親権の剥奪もやってのけるはずだ。
アルディ家と関わりを持たずに静かに暮らしたいと語っていたアデリーヌの言葉をオレは思い出していた。

「心配は無用だ。君からマリウスを取りあげるような真似はオレが絶対にさせない。」

父が亡くなった後に自分の中に新しい命の存在を知った時から彼女はアルディ家に頼ることなくたった一人でマリウスを育ててきたんだ。彼女らの生活に立ち入る権利は誰にもない。

「だけど分からないのがマリウスにはアルディ家の事は何一つ話してなかったのにどうしてシャルルの所に行ったのかしら?」

彼女は右手を顎にあてると首を傾げた。

「数年前に父名義のままにしていた建物をオレの名義に変更したんだ。ただこの館だけは君の名義にした。一度オレが相続して改めて君に贈与した形にしたんだ。君に負担を掛けないようにと、父がそう望んでいた。その時に出した通知書をマリウスは見たそうだ。」

アデリーヌは少し驚いた様子だった。

「そう言えば何年か前にアルディ家から手紙が届いてたわ。でも封はきちんとされたままだったわよ。」

おそらくアルディ家の紋章が刻まれた手紙を目にして何か感じたんだろう。
立派な館に住み、不自由のない暮らしを疑問に思ったのかもしれない。そして名義変更を重ねた登記簿から自分がロベール・ドゥ・アルディの子である事を察した。母がオクトーブルを名乗っている事から自分の立場も理解していたのだろう。

「マリウスはとても賢い子だ。アルディの薔薇の紋章から何かを感じたんだろう。登記所でこの館の名義人を調べたと言っていた。」

「マリウスが?!だってあの子はまだ子供よ。」

確かにまだほんの子供だがマリウスもオレ達と同じ類なのだ。

「マリウスはたしか9歳だったな。
しかし飛び級制度ですでにエコールのCM1(クールモワィヤン)ではない。

アデリーヌ、違うかい?
恐らくコレージュの5eme(サンキエム)辺りだろう?オレが見る限りではかなりの知能指数だ。
マリウスは何もかも知っていて、その上でオレを訪ねてきた。何よりオレの元へ来たことが最善の策だ。」

アデリーヌは「そうだったのね」と言って窓の外を見つめた。まるで流れ行く雲に語りかけているようだった。

オレはそれが父へ向けられたもののように見えた。
こうして空に向かってマリウスの成長をずっと報告していたんだろう。

「マリウスはあの人が残してくれた宝物よ。そしてもう一人、あの人が残してくれた宝物がシャルル、あなたよ。
二人が私を救ってくれるのね。」

アデリーヌはそう言うとオレの前で初めて涙を流した。不安に押し潰されそうになりながら気丈に振る舞っていた彼女が初めて心を曝け出した瞬間だった。

絶対に成功させてみせる。

オレは強く心に誓った。




つづく