翌日マリウスを連れてオルレアンへ向かった。この目で直接アデリーヌの状態を確認するためだ。オルレアンはパリの南西、フランスのちょうど中部に位置する。
玄関チャイムを鳴らすとメイドが出迎えに現れた。
「アルディ様、お待ちしておりました。どうぞこちらです。」
たしかこのメイドはマリーと言っていたな。彼女もあの頃からずっとここでアデリーヌ達の世話をしながら共に暮らしてきたのだろう。
マリウスに自室で待つように言い、オレはアデリーヌの元へ向かった。
長い廊下の突き当たり、ちょうど図書室の反対側に位置する応接間に案内された。
「アルディ様がお見えです。」
「どうぞ。」
中へ入るとアームチェアに座っていたアデリーヌがゆっくりと立ち上がろうとしていた。
「アデリーヌ、そのままで構わない。オレは客ではなく医者として来たんだ。楽にしていてくれ。」
「シャルル、久しぶりね。また会えて嬉しいわ。だけどこんな所までわざわざ来てもらって本当に申し訳ないわね。まさかマリウスが一人でパリに行くなんて思ってもみなかったの。色々と忙しいんでしょ?あっ…ごめんなさいね、どうぞ座って。」
アデリーヌと主治医が話しているのを偶然聞いてしまったとマリウスは言っていた。そして彼なりに考えての行動だったんだろう。周りに心配をかけた事は本人も十分に反省していたし、母を思ってしたことだ。気持ちは分からないでもなかった。
何より変わらないアデリーヌの様子にひとまずオレは安堵した。多少やつれたようにも見えるが考えていたよりも体調は悪くないようだ。
「マリウスの事は気にしないでくれ。
彼が来なければ君が病気になったことさえオレは知らないままだった。君には恩がある。いつでも力になるよ。」
この気持ちに嘘はなかった。
二人の幸せを願っている。その為にオレはここへ来た。
「そう言ってもらえると少し気が楽になったわ。あなたに会ったのはもう何年も前の事だし、ほんの僅かな時間だったでしょ?まさか憶えていてくれてたとは思ってなかったわ。」
当主復帰を遂げて間もない頃にオレは一度アデリーヌの元を訪ねようとした事があった。しかしマリナと過ごした思い出深いこの場所にはどうしても足が向かわなかった。
「手の平を返したように皆がオレから離れていったあの時に手を差し伸べてくれた人間をオレは忘れたりはしないよ。」
そうだ…あの時にオレに協力してくれた人間は数えるほどしかいない。
誰もがオレを追い落とそうとしていた。そんな時にオレと一緒に居たいと言ったマリナの言葉を思い出していた。
記憶の隅に閉じ込めていた思いが再びオレの意識の中心を占領し始めている事に気付かされ胸に痛みが走る。
だが…どうなるものでもない。
すでに終わったことだ。
つづく
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九州地方にお住いの皆様、地震の被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。