コツコツ…と足音が近づいてくる。
「マリナ、あんまり遅いから迷子になったのかと思って探したよ。
泣いてるの? マリナ…どうしたの?」
サファイアブルーの瞳が心配そうに覗き込んできた。
私は袖で目をゴシゴシって拭くと何でもないのって言ってごまかした。
「何でも聞くから辛かったら話して。オレ、いつでも聞くよ。
マリナを大切に思っているのは昔と変わってないから。
オレ、1人で泣いてるマリナを見たら放っておけない。」
ガイは私の頬に手をあてて涙をそっと拭ってくれた。
何も言わない私を困った子供のようにじっと見つめている。
「マリナ…?本当に大丈夫?」
「何でもないの。
薫と兄上の事を考えていたら悲しくなってきちゃったの。薫の前で泣くわけにいかないでしょ。」
「本当に? マリナ、本当にそれだけ?」
瞬間、我慢していた気持ちが抑えられなくなって泣いてしまった。
あんまりガイが聞くもんだから抑えられなくなった。
本当は辛くて悲しくて、苦しくて堪らないよ。でも誰にも言えないの。
こんなに近くにいるのに、あと数日でさよならするなんて…。
でも言ってしまったらシャルルは当主じゃなくなってしまう。
涙がどんどん溢れてきて止まらない。
その時、ガイに抱きしめられた。
とても強い力で。
「何を隠してるの?どうしてそんなに泣くの?マリナ…マリナ…!」
コツコツ…
人の気配を感じて私はガイの腕の中から出ようとしてもがいた。
「お二人さん、ここは病院だぜ。
それにシャルルは診察中だ。
マリナちゃん、大胆すぎやしないかい?
ガイ、掠めるような真似はやめろっていったはずだろ。」
薫っ…?!
これじゃ、薫が大変な時に陰でこそこそとイチャついてるみたいじゃないっ!?
不謹慎なやつって思われちゃうっ!!
「違うのよ、薫。
ガイが迷子になった私を探しにきてくれたのよ。勘違いしないでちょうだい。」
ほーって言う顔で私たちを見ると、
「見つかったのがあたしで良かったな、ガイ。黙っといてやるから2度とするなよ。マリナが嫌がって泣いてるじゃないか。」
そう言って私の引き寄せると肩に手を回して私を庇うようにしてガイを睨んでいる。
「それで、これから兄貴の手術に入るからあたし達は近くのホテルで待てとさ。マリナの旦那が言うには少し時間が掛かるそうだ。」
薫ったらシャルルの事をわざと旦那って言ったんだわ。
兄上の事はシャルルにお任せして私たちはホテルへ移動することにした。
特に薫は何時間もかかる手術をここで待つより体調を整える意味でも寝ていろってシャルルに言われたらしい。
「兄を助けてホッとした途端に次は妹じゃ、オレがもたない。」
と言われたらしい。
薫はニヤッと笑うと私に向かって言った。
「あいつのどこがいいんだか、あたしゃさっぱりわからん。」
シャルルは素直に言わないだけで心配してるのよ。冷たそうで本当は優しいのよ。薫だって分かってるくせに。
終わりが近づいている時にシャルルの優しさに触れると胸が張り裂けそうになる。
別れるしかないなら…あまり側には居たくない。余計に辛くなるだけだもの。
シャルルが手配してくれていたホテルに着くと私と薫は最上階のロイヤルスイートへ案内された。
ガイはと言えば、一般的なシングルの部屋だった。シャルルからの明らかな差別が伝わってきて薫は笑い転げていた。
「本当にあいつのどこがいいんだ?
おいガイ、お前さんよっぽどシャルルに嫌われているみたいだな。
マリナにちょっかい出すからだぜ。
じゃ明日の朝7時にここで待ち合わせしよう。」
病院を出てホテルに来る間もガイは私に話かけなかった。
何だか気まずい空気でいやだなって思っていたら、
「マリナ、さっきはあんな事してごめん。もうしないよ。でも何かあったら相談して。オレが出来る事なら何でもするからさ。じゃあ、2人ともおやすみ。」
そう言ってルームキーを受け取るとエレベーターに乗っていった。
残された私たちも部屋へと向かった。
何度泊まっても慣れる事がないスイート。無駄に広くて落ち着かないのよ。
普段はそう思うのに…こういう事も最後なんだと思うと切なさが胸にしみる。
つづく